ショパンと言えば軟弱の筆頭のように思っていましたが、それは浅はかな私の思い違いだったようです。「ピアノの詩人」の称号はだてではなく、この作品でのショパンの響きは詩情に溢れていますが、強靭さも感じます。

 この作品は、たまたま祖母の死にまつわるショパンの想い出を持つ二人、ポスト・クラシカルの旗手オーラヴル・アルナルズと「今日最も刺激的な音楽家の一人」と言われるピアニスト、アリス=紗良・オットによる「ショパン・プロジェクト」です。

 全9曲のうちの3曲はショパンの作品をアリスがピアノで弾いていますが、残りの6曲はオーラヴルがショパンの作品を元にリコンポーズした曲になります。そちらはピアノではなくストリングスです。その方が「ショパンに対するリスペクトが保てる」との判断です。

 ピアノ・ソロも一風変わっています。解釈が変わっているということではなく、音色が普通と違います。いや、本当はこちらが普通なのでしょう。実は、このサウンドに対するアプローチが、このプロジェクトの真骨頂です。

 アリス曰く、オーラヴルが「言うには、現代の録音は完璧なサウンドばかり追求し、みんな同じようなステレオタイプになってしまっている。だから、そこから一歩下がって実験をしてみたい」というのがプロジェクトの根っこにあります。

 それを実現するために、レイキャビク市内のバーを訪れて、調律の狂った備え付けのアップライト・ピアノを探しては、それで録音したりしたそうです。さらに話声が入っていたり、アリスの息遣いが聞こえたりと、身近に聞くなじみ深い音になっています。

 確かにこちらの方が本来は普通の音なのでしょう。巨匠の名演として収録されるピアノの音とは違って、とても親密感の高いパーソナルな音響が聞こえてきます。さまざまな録音が試されているようで、この音を得るために並大抵の苦労では済まなかったところが皮肉です。

 収録曲も、「音そのものに耳を傾けさせることがプロジェクトの目的ですから」、「敢えて遅い曲を選んだという面はあります」ということで、とてもゆったりとした時間が流れる曲ばかりが選ばれています。

 そして「ショパンの音楽自体は変えたくない」ということで、ピアノは忠実にショパンです。アリスのピアノは新しい音色を纏って見事なまでに繊細かつ豪胆なサウンドになっています。まだ若い人ですが、これは素晴らしいです。

 「ノクターン」や「雨だれ」など馴染み深い曲ばかりなんですが、とても新鮮に響きます。さらにオーラヴルのリコンポーズ曲が彼らしい陰影に富んだ曲になっていて、構成も見事です。「ノクターン20番」での無伴奏バイオリンもいいアクセントです。

 この作品のアプローチには全面的に賛同します。テクノロジーの発達によって、返って自然な音が注目され、かつそれを実現することが可能になってきています。どこにもない完璧ではなく、あまねく存在する不完全をそのまま愛でること。ロックな姿勢だとも言えます。

The Chopin Project / Ólafur Arnalds & Alice Sara Ott (2015 Mercury)