イスラム教は随分誤解されています。良いイメージがまるでありませんが、世界の名だたる宗教の中では最も後発の部類に属するわけですから、その利を生かしてとても洗練された教えだと思います。井筒先生のイスラーム本を読むと心が洗われます。

 そして、イスラームはとても音楽的です。決して音楽が寺院で演奏されることはありませんが、毎日街に流れるアザーンやコーランの朗誦そのものが音楽的だというところが逆説的です。この世界の音楽もまた豊潤な文化です。

 この作品はそのうちのトルコのものです。演奏しているのはキャーニ・カラジャとトルコ古典音楽合奏団です。2001年7月に行われた第17回<東京の夏>音楽祭で演奏された音楽と東京モスク・サロンにて録音されたコーラン朗誦が収められています。

 キャーニ・カラジャは写真を見るとレイ・チャールズそっくりで驚きます。1930年生まれですから、なんとレイと同い年です。解説によると、彼は「20世紀後半のオスマン・トルコ音楽の最も優れた歌い手のひとり」です。

 「生後まもなく視力を失うが、村の宗教的指導者から教えを受け小学校を終える前に長大なコーランをすべて暗記してしまう」という凄い人です。その後、宗教音楽、古典音楽の大家たちに学び、両方に秀でた歌手として名声を博したとのことです。

 トルコ古典音楽合奏団は、東京の夏音楽祭のために結成されたもので、「各楽器のベテランと若手演奏家の編成」です。ヨーロッパの楽器は使われておらず、すべてトルコの伝統的な楽器ばかりで編成されています。

 最初は「エザーン」と表記されていますが、お馴染みのアザーンです。お祈りの時刻を告げる呼びかけで、イスラム世界に旅をすると毎朝の目覚まし代わりになる代物です。たいていはスピーカーから出る潰れた音なので、綺麗なものを聴くと驚きます。

 次いでカラジャによるコーラン朗誦です。もちろん楽器伴奏はありませんし、メロディーがあるわけではありませんが、とてつもない声楽曲だと言えます。いわばお経なわけですが、こちらは鳴り物も入らないのでより純度が高い。

 不謹慎だと思われるかもしれませんが、私はこの朗誦を聴いて、初音ミクを思い出しました。スラーの表現がボカロのそれに似ています。ボカロ特有かと思っていましたが、こうして見事に人力で表現されると得も言われぬ感動を連れてきます。凄いです。

 大半を占めるのはイスラムの一派メヴレヴィー教団の儀式音楽です。教団の開祖13世紀の人ルーミーは「音楽や踊りを宗教的境地に至る手段とする」点が特徴です。トルコの古典音楽と共通した旋法で、トルコ音楽の粋を集めたものになっています。

 声楽と合奏が次第に盛り上がっていく一大組曲となっていますが、一般に想像する中東音楽からはやや東欧よりの音楽です。トルコの位置からは当然かもしれません。複雑な拍子による音楽が素晴らしいです。ちょっと覗いただけですが、ここは広大な世界のようです。

Reciting The Qur'ān And Sufi Music Of Turkey / Kâni Karaca, Turkish Classical Music Ensemble (2001 キング)

CDからではありませんが、カラジャのコーラン朗誦です。