アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の作品「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」は2015年度アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞を受賞するという快挙を成し遂げました。メキシコ人監督の異色作ですから驚きです。

 残念ながら音楽賞は取っていませんが、このサウンドトラックも素晴らしいものです。パット・メセニー・グループで活躍するメキシコ人ドラマーのアントニオ・サンチェスによるほとんどドラムだけのサウンドですから、これも異色中の異色です。

 この作品を「一回の長回しで撮影されたように感じるような作品にしたいと考えた」イニャリトゥ監督は、パット・メセニーのコンサートでそのドラミングにほれ込んで以来、同じメキシカンとして友人関係にあったアントニオ・サンチェスに音楽を任せることを思いつきます。

 「映画が持つ内なるリズムを探し出し、そこに観るものを引き込むのにドラムが最適ではないかと思ったのだ」そうです。そして、出来上がったサウンドトラックは、16曲がサンチェスのドラム・ソロです。

 正確にはうち3曲にスペインの作曲家、ジョーン・ヴァレントの曲が使われていますし、1曲ではブライアン・ブレイドというドラマーのリズムが加わっています。しかし、ほんの控えめな使用ですので、ほとんどドラム・ソロと言ってよいでしょう。

 映像を見ながら即興で叩いたのかと思いましたが、監督によれば、「ニューヨークの撮影が始まる1週間前に」、監督がサンチェスに「各場面における登場人物の感情」を「口でリズムを刻みながら説明」し、それをきっかけにサンチェスが演奏したということです。

 監督は、自分の拙い口述に応えて、サンチェスが魔法のようにさまざまなビートを作り出してくれる様には感動したことでしょう。その数々のリズムは主人公の「頭の中にあるメトロノームとなっていった」わけですから、映像にも相当な影響を与えたと思われます。

 ドラム・ソロというのはたいていの場合始末に困るものですけれども、ここでのサンチェスのプレイは素晴らしいです。一曲一曲が短いので冗長に流れる場面は一切なく、存分に新鮮なビートの連打に浸ることが出来ます。

 米国ではジャズがクラシックに売り上げで追い抜かれ、全米でもっとも売れていないジャンルになりました。サンチェスはそのことに関し、ジャズ界に苦言を呈しています。フェイスブックに投稿されたその記事は一言で言えば独りよがりではいけないということです。

 自分の音楽が聴衆を満足させるよう真摯な態度で聴衆の反応に耳を傾けるべきだと言っています。真面目な人です。ここでも、サンチェスは極めて真面目に監督のリクエストに応えた模様です。このジャズならば、十分に聴く者に伝わります。新感覚のレコードです。

 ちなみにサントラの後半は、クラシックの名曲で埋められています。主人公が舞台の音楽として選んだものだということです。現代音楽のジョン・アダムス、マーラー、チャイコフスキー、ラフマニノフ、ラヴェル。いずれも一流ディスクからの転用なので安心して聴けます。

Birdman or (The Unexpected Virtue Of Ignorance) / Antonio Sanchez (2015 Milan)