ケンドリック・ラマーはヒップホップ界の先頭を走る若き天才リリシストです。2012年のメジャー・デビュー作で瞬く間に米国西海岸のラッパー界の頂点にのし上がった人です。これはそのケンドリック待望の第二作です。

 西海岸のギャングスタ・ラップはそれはそれは恐ろしい世界です。ケンドリックの生まれ育ったロサンゼルスのコンプトン地区はその発祥地としても知られ、治安の悪いことこの上ないところらしいです。

 しかし、ケンドリックは、そんな地区に育ちながらも非行に走ることなく、犯罪歴がありません。それがポイントになる世界というのも凄いです。居間でのうのうと音楽を聴いている私などには測り知れない厳しさです。その中でまっすぐに育ったケンドリックは立派です。

 それゆえにケンドリックは多くの普通の人に愛される。 「何を語れば一番クールなのかっていうと、かつてはギャングスタのことだった。だが今は違う。本当にクールなのは、自分の家族を支えることについて語ることさ」という言葉がすべてを表しています。

 当代きっての人気者だけに、プロダクションは豪華です。ドクター・ドレやファレル・ウィリアムス、フライング・ロータスあたりが私にも馴染みが深いところ。フィーチャー・アーティストにはジョージ・クリントンやスヌープ・ドッグなどの名前が見えます。

 しかし、最大のフィーチャーはすでに故人となった2パックでしょう。最後の曲「モータル・マン」で、インタビューからとった2パックの声とケンドリックが語り合っています。ギャングスタの中でも頂点に君臨した2パックとの会話にケンドリックの真摯な態度が溢れます。

 サウンドは素晴らしいです。ギャングスタ・ラップという言葉から想像されるサウンドというよりも、ファンクやR&B、ソウルにアフロ、そしてジャズなどブラック・ミュージックのすべてを混ぜ合わせて新しいサウンドが生まれています。

 とりわけ、ロバート・グラスパーに代表される新しい世代のジャズ・ミュージシャンが大挙して演奏に参加していることが、このアルバムのサウンドに立体感を与えているように思います。決して一本調子のラップではありません。この濃密なサウンドは素晴らしいです。

 そして、届けられるメッセージは重い重い。アルバムを通して最も多く出てくる単語はニガーではないかと思います。白人警官による丸腰の黒人射殺事件が相次いで、いまだに根強く残る人種差別問題に焦点が当たっている時期に、この問題に正面から取り組んでいます。

 クンタ・キンテに象徴される奴隷制度の時代から現代のヒップ・ホップ・スターに至るまで、黒人差別問題を掘り下げていきますが、♪アイ・ラヴ・マイセルフ♪に代表されるようにメッセージは前向きです。青虫と蝶をモチーフに未来への希望に満ちています。

 ラップの世界からは足が遠のいていましたが、この作品には素直に感動しました。ブラック・ミュージックの最先端を行くサウンドはそのまま現代の最先端でしょう。すべての音楽を取り込んでなお大衆性を失わない素晴らしいアルバムだと思います。

To Pimp A Butterfly / Kendrick Lamar (2015 Universal)