リアルタイムで日本盤も発売されました。その意味でワイヤーの日本デビュー作にあたる作品です。またまたシンプルこの上ないジャケットが凄味を感じさせてくれます。まるで棺桶に置かれた一輪の花のようです。恐ろしいです。

 これは本当に良く聴いたアルバムです。今でもパンクと言えばこの作品の音が真っ先に思い浮かぶほどです。少しは長めになりましたが、それでも短い曲、ポゴ・ダンスが似合うリズム、シンプルでポップなメロディー、媚びることのないストイックさはパンクそのものでした。

 ただ、ワイヤーのことをパンクだという人はあまりいません。今となっては、そういうスクールとは別の存在だと観念されています。しかし、このアルバムからは「アウトドア・マイナー」がシングル・ヒットまでしていました。トップ・オブ・ザ・ポップスに出る寸前だったそうです。

 この頃、彼らは「ロックでなければ何でもいい」という名言を残していますが、100人に聞いたら99人までは、この作品はロックだと答えることでしょう。その意気込みは麗しいですが、ロックの解体作業はまだ道半ばでした。

 「アウトドア・マイナー」の他にも、まあ歌詞は何ですが「「アイ・アム・ザ・フライ」のように切れ味が鋭いポップ・チューンもありますし、典型的なパンク・チューンもあります。変な曲もあるものの、若いミュージシャンのロック作品です。

 しかし、前作からほんの1年足らずの間に、彼らのサウンドは大きく変化しました。何より楽器が上手くなりましたし、楽曲の構成も格段にしっかりしています。勢いで作ったという感覚が残っていた前作とは異なり、隅から隅まで考え抜かれています。

 彼らの音楽の最大の魅力はその音響にあると思います。全15曲それぞれに音の響きが徹底的に追及されています。ポップな楽曲にもアウトロの部分に微妙な音が付加されていて、いわば曲の残響になっています。それが美しいです。

 実際、彼らは「レコーディングの”プロセス”にもっと深く関わりたいと考えた」そうです。当時の新しいテクノロジーや手法をいろいろと試していて、テープ・ループやシーケンサー、シンセなどを多用してサウンドを作っています。

 その用い方があまり音楽的でないのがワイヤーです。変な言い方をしていますが、音そのものを深く深く追求していて、それが彼らの楽曲に非音楽的な音響を感じさせるのではないかと思います。説明が難しいですが、聴けば分かります。

 そんな姿勢が見事に後のクラブ・ミュージックのクリエイターと地続きなのでしょう。ワイヤーのスタンスは後の世代に大きな影響を与えていると言われる所以です。その意味では、姿勢としては見事にロックを脱構築しています。

 まるで普通のロック・アルバムとしても楽しめる作品であって、なおかつそのサウンド作りの妙を愛でることができるというワイヤー史上でも二度とない類の傑作です。こんなアルバムを作り上げた彼らに乾杯したいと思います。

Chairs Missing / Wire (1978 Harvest)