時代は少し下りますけれども、1980年代の始め頃に、エロ本業界では隣のお姉さんブームというのがありました。高嶺の花というよりも隣の美代ちゃんをありがたがる風潮です。ですが親しみやすいアイドルというのとは少し違う。本当に隣のお姉さんです。

 突拍子もないことを思い出したのはこのアルバムのせいです。そのサウンドは、前2作と同様、ブリティッシュ・ハード・ロックとアメリカン・ルーツ・ミュージックの重なり合った力強い音です。それは素人のそれとは次元の異なるサウンドであることは確かです。

 しかし、神々しささえ漂うオールマンズや、もはや一つの世界と化しているグレイトフル・デッド、音楽の教科書ザ・バンドとも全く違う在り様です。そこに、何となく隣のお兄さん的なものを感るんです。親しみやすいというのとも少し違う。隣のお兄さんは大たい怖いもんです。

 恐らく、彼らのサウンドはカバーする人が多いのではないかと思います。ギターをやりたがる人は多いですからトリプル・リードも人選に苦労する必要はありませんし、何よりもキャッチーなリフが中心のロックなのでカバーして楽しいでしょう。

 また、相変わらずジャケットに何のひねりもありません。前作よりは多少かっこつけていますが、何ともありきたりのジャケットです。隣のお兄ちゃんが作ったジャケットだと言ってもよいでしょう。スーパー素人。

 歌詞の世界もとても分かりやすい。このアルバムの中から大ヒットしたのは「サタデイ・ナイト・スペシャル」、路上犯罪によく使われる小型拳銃のことを歌っています。詩的に昇華するよりも、直截に♪あんなものは海の底に沈めてしまえばいい♪と歌います。身の回り視線です。

 この三枚目は前作から1年を経ての登場です。彼らのアルバムとしては初めて全米トップ10入りしていますが、総売り上げは前二作に遠く及びません。瞬発力には優れていましたけれども持続力には欠けていました。

 それだけファンの間でも影の薄い作品だということです。「音楽的多様性を発揮」、「サザン・ロックの代表ともいえる堂々とした雰囲気をかもし出す作品」だと帯には書かれていますが、なかなか大成功とは言いがたい評価になってしまいました。

 私はこのアルバムは結構好きです。プロデューサーは前二作同様アル・クーパーで、あまり手をかけないストレートなサウンド作りです。一方、ブルースやカントリー色が強い楽曲が音楽的多様性を示してもいます。ただ、徹底して洗練されない。そこが魅力です。

 アルバム・タイトルが象徴的です。ファンシーには日本の語感とは違ってフリフリ感はなく、ここでは「面白いことは何もない」程度の意味です。どこか洗練されていないけど、それでよいのだという開き直りと捉えたいです。

 無我夢中の前二作に対し、自分たちのサウンドを客観的に見つめてみて、泥臭い等身大を自覚して制作したアルバムではないかと思います。そんな息遣いが隣から聞こえてくるようです。隣のお兄さんたちによる世界的なアルバムです。

Nuthin' Fancy / Lynyrd Skynyrd (1975 Songs of the South)