紙ジャケ再発封入のライナーノーツでは、岡村詩野さんが、「ヨーロピアン・クラシカルな雰囲気を讃えたジャケットのアートワークが気品あるケイルの人柄を見事に捉えている」と呑気に書かれていますが、ちょっと違うと思います。

 ケイルが来ている服は拘束着です。ハンニバル・レクター教授で一躍有名になった暴力的な患者が暴れないようにするために着せられる服です。「ヴィンテージ・バイオレンス」のジェイソンっぽいマスクといい、ケイルのアートワークは人を不安にします。

 このアルバムは日本盤解説には1976年発表と書いてありますが、どうやら1975年11月が正しいようです。前々作から1年ちょっとというハイペースでのアルバム発表です。この間、結構ハードなツアーも行っていますから、当時のケイルは精力的でした。

 さらに彼の業績の中でも燦然と輝くパティ・スミスの「牝馬」のプロデュースもその合間をぬって行われています。パンク勃興期の当時はヴェルヴェット・アンダーグラウンド再評価期でもあり、ジョン・ケイルの名前があちらこちらで取沙汰されました。

 この作品のギターはクリス・スペディングがフィル・マンザネラに全面的にとってかわりました。リズム隊は前作と同じく、パット・ドナルドソンとティミー・ドナルドです。この二人はサンディー・デニーのリズム・セクションだったようです。なるほど。

 この三人はケイルをツアーでもサポートしています。よって、この作品はよりバンドらしくなりました。イーノも参加していますが、これまでよりは目立ちません。さらにフィル・コリンズがドラムで一部参加しています。フィルはあちらこちらに顔を出す人でした。

 楽曲の中にはカバー曲が2曲あります。一曲はジョナサン・リッチマンの「パブロ・ピカソ」です。これはケイルがプロデュースしたもののなかなか日の目を見なかった曲です。そして、もう一曲は伝説のブルース・マン、ジミー・リードの曲です。渋いです。

 ジョン・ケイルの男っぽい太い声が魅力的に相変わらず歌いまくっていますけれども、この作品はなかなか曰くがある作品です。まず、ケイルによれば完成品ではないということです。ツアーに行っている間に発売されてしまった模様です。

 そして、「リーヴィング・イット・アップ・トゥ・ユー」が米国ヒッピー界最大の事件「シャロン・テート殺人事件」を扱っていることが問題になり、レコードではすぐに「コーラル・ムーン」に差し替えになりました。

 CD再発にあたって、両曲ともに収録されましたから、ようやくファンの溜飲も下がったと言ってよいでしょう。しかし、まだ未完成というところは引っかかります。十分な気もしますが、前衛的な味付けがなされるはずだったとしたら惜しいことをしたものです。

 結局、これがアイランド最後の作品です。英国流サイケなシンガーの作品群の最後を飾る作品なのに曰く付き。最高傑作と呼ぶ人もいれば、期待外れと酷評する人もいて、それもケイルの作品らしくて面白いです。

Helen Of Troy / John Cale (1975 Island)