大衆音楽の歴史においてラップの発見はとても大きな出来事でした。語りと歌の境目と言うものは極めて曖昧なもののはずですが、歌にはメロディーがなければならないという頑固な思い込みはそこに画然とした区別が行いました。それを解放したわけです。

 このことで格段に表現の領域が広がりましたが、ブラック・ミュージックで始まったものですから、ラップというものはヒップホップの表現形式の一つであるというようなことになってしまいました。その結果、日本のラップもヒップホップなまりの日本語ラップになりました。

 ここへ来てようやくその呪縛も解かれ、さまざまな日本語ラップが誕生して喜ばしい限りです。もともとフォーク・ソングは語りみたいなもんでしたし、古くはお経や声明に始まり、河内音頭やら祭文読みなど、日本にもラップの伝統は深いことに突然気がついたようなものです。

 泉まくらの日本語ラップには、日常会話で使わない漢語は一切出てきませんし、韻を踏むために無理やり持ち込む四字熟語もありません。日本語ラップの新しい姿を見ているようで、とても素敵です。

 ただ、インタビューを読むと、彼女のヒップホップ愛はとても深くて、どうやらこの作品もヒップホップのようです。うーん、これは困った。あまりトラックもラップもヒップホップには聴こえないのですが、うーん。まあこれはこれでヒップホップとしておきましょう。

 彼女のレーベル術ノ穴の資料によると、泉まくらは福岡県在住の岡ラッパーです。「くるり主催『WHOLE LOVE KYOTO』出演やパスピエとのコラボ音源『最終電車』リリースなど大きな注目を集め」ました。

 それで、「『卒業と、それまでのうとうと』『マイルーム・マイステージ』という2作品で音楽シーンに大きなインパクトを与えた泉まくらが2年半ぶりの新作『愛ならば知っている』を完成させた」というので、面白そうに思って手に入れてみました。

 「今作は『愛』をテーマに、自然体な言葉は時に優しく、時に厳しく問いかける」という作品で、確かにさまざまな「愛」が出てきます。そして、トラックは6組のプロデューサー達が手掛けています。

 各トラックの表情はとても豊かです。ヒップホップ調のものも確かにありますが、多くはエレクトロニカというのでしょうか。なかなかゴージャスなサウンドに泉まくらの言葉が映えます。しかし、ベスト・トラックはタイトル曲だと思います。

 「愛ならば知っている」は詩の朗読です。演奏は一切ありません。息遣いと言葉のリズムがとても生々しくて、泉まくらの言葉のリアリティーがひしひしと迫ってきます。これは驚きました。ヘッドフォンで聴いているとぞくぞくしてきます。

 ジャケットのイラストは気鋭の映像作家大島智子さんによるものです。ウィキペディアでは同姓同名のタレントさんに飛びますが違います。グレイがこれほど美しい作品も滅多にありません。坂口安吾の「白痴」をベースに作品を描く大島さんは泉まくらにぴったりです。

Ai Naraba Shitteiru / Izumi Macra (2015 術の穴)