私の世代は子どもの頃にテレビドラマでバットマンに親しんでいた世代です。当時はアメリカのアニメやドラマは今からは考えられないくらい身近な存在でした。同じ流れで、モンキーズはアイドルでしたし、アメフトやローラーゲームも毎週のお楽しみでした。

 しかし、コミックスの世界だけは違いました。ここは日本の漫画の圧倒的勝利で、アメコミは全く及びじゃなかったです。というわけでバットマンはアメコミというよりもテレビ・ヒーローでしたから、ティム・バートンが映画にすると聞いて、不安を感じていました。

 結果的には全くの杞憂で、それはそれは見事な作品でした。続けてスパイダーマンやら何やらが出てくる嚆矢となり、映画の世界に新たな地平を切り開いた娯楽超大作でした。特にジョーカーは凄かった。さすがはジャック・ニコルソンです。

 そのサントラをプリンスが手掛けました。商業的には翳りが見えていたプリンスでしたが、見事に6週連続全米1位、1000万枚を超える特大ヒットになりました。シングル・カットされた「バットダンス」もシングル・チャートを制覇しています。

 私にはこの「バットダンス」の1位がいまだに理解できないでいます。心の中で折り合いが付かないんです。決して1位の価値がない駄作だと言っているわけではありません。むしろとてもポップな面白い曲だと思っています。

 しかし、チャート1位の曲というのは、ちゃんとしたメロディーを持つボーカル曲でなければいけないという思い込みがいまだに抜けません。それなのに、この曲はインストゥルメンタルである上に、いろんな要素がぐちゃぐちゃに入れ込まれています。

 それまでの常識ではシングル・カットもあり得ないくらいだと思うんですが、どうでしょう。それを一位にしてしまうプリンスであり、当時のアメリカの音楽事情でした。もはや60年代、70年代のヒット・チャートとはチャートの意味合いが違うのでしょう。

 ところで、このアルバムは映画に触発されたプリンスの新アルバムと言った方が正確です。映画の中で使われた曲は数曲に留まっており、興が乗ったプリンスがわずか6週間で映画には必要ないのにアルバムを作っちゃったということです。

 明らかにこれまでの求道者的な音楽の追求とは一線を画しています。いわばお楽しみで作ったアルバムです。ただ、聴衆にこびへつらうわけでは全然なくて、そこは超然としています。ティム・バートン作品に向き合って対バンをはったイメージが近いです。

 シーナ・イーストンとのデュエットの他、どこだかよく分かりませんが、映画のヒロインであり、プリンスと付き合っていたキム・ベイシンガーも歌っているようです。その他にはジャック・ニコルソンとマイケル・キートンの台詞も使われています。

 そうした声以外はすべてプリンスのボーカルと演奏です。リラックスした明るいプリンスによる楽しげな演奏は、さながらバットマン・トリビュートのようです。こういう吸引力のあるヒーローの前では皆が裸になれるということでしょうか。

Batman / Prince (1989 Warner)