薬師丸ひろ子のデビュー作は1984年に発表されています。この頃は独り勝ちだった松田聖子を中森明菜が猛追している時期です。今となってはあまり言われなくなりましたが、その頃まで松田聖子のライバルは薬師丸ひろ子でした。

 薬師丸の映画デビューは1978年の「野生の証明」でした。角川映画が最先端だったころのことで、信じられない美少女が出てきたとアイドル界は大騒ぎになりました。しかも従来のアイドルのように媚びることが一切ない。大事に育てられていました。

 歌手活動開始は1981年頃で、一躍松田聖子を脅かす存在になりました。当時聖子ちゃんファンだった私はやきもきしたものです。しかも活動する世界からして二人は違います。同じ土俵に立っていないところがポイントでした。

 この作品は全曲書下ろしのデビュー作で、初回限定盤についていたボーナス・ディスクがCD化に際して追加されたものです。ボーナスは彼女のシングル・ヒット曲「探偵物語」と「セーラー服と機関銃」を中心にしたファン・サービスです。

 昭和歌謡が復権しているといいますけれども、このアルバムなどはまさに昭和歌謡です。当時は松田聖子以降新世代アイドルが雨後の筍のように出てきていた時期で、Jポップという言葉はありませんでしたが、歌謡曲とは一線を画したアイドル・ポップスの時代でした。

 その時代にあえて昭和歌謡テイストを前面に押し出した作品になっています。薬師丸ひろ子の歌う姿は、振付もほとんどなく、とても素直な発声で、まるで音楽の授業で歌っているような風情でした。そこがまたやけに新鮮に映りました。昭和なんです。

 作家陣は竹内まりや、南佳孝、大野克夫、大貫妙子、大瀧詠一、来生たかおなど自身ミュージシャンとして活躍する人に、湯川れい子、来生えつこ、松本隆、阿木燿子などの作詞家として有名な方々と大変充実しています。

 この作家陣が、あまりアイドル向きでない、とても落ち着いた曲を薬師丸ひろ子に提供しています。竹内まりやの「トライアングル」が典型で、三角関係の重い歌詞で、とてもアイドル向きではありません。しかし、それを素直に歌う薬師丸ひろ子。なかなか素敵です。

 アレンジは井上鑑や清水信之、椎名和夫とこれまた当時活躍していた方々ですが、冒険を極力抑えたアレンジをしています。井上鑑の「眠りの坂道」のピアノなどはとても美しくて、薬師丸ひろ子の綺麗な声にぴったり合っていて素敵です。

 ボーナスで入っているヒット曲2曲はいずれもチャート1位はもちろん年間ベスト10に入った名曲です。「セーラー服と機関銃」はアレンジ違いなのが残念ですが、本当に名曲です。薬師丸ひろ子ほどではありませんが、長澤まさみが歌っても良かったですし。

 この頃は歌手活動があまり好きでないように写っており、それはさながらあまちゃんの鈴鹿ひろ美のようでした。しかし、歌手としての実力も抜きんでていましたし、その後、息長く歌手活動も続けられているのは素晴らしいことです。

Kokinshu / Yakushimaru Hiroko (1984 イーストワールド)