リヒャルト・ワーグナーの楽劇「ニーベルンゲンの指輪」は上演が4日間に及ぶ超大作です。サー・ゲオルグ・ショルティは、レコード史上初めてその4部作全曲をスタジオ収録することに成功した指揮者です。

 何ともスケールの大きなお話です。1958年10月に序夜「ラインの黄金」、1962年10月に第二日「ジーグフリート」、1964年11月に第三日「神々の黄昏」、1965年11月に第一日「ワルキューレ」と8年の月日を費やして完成しています。

 演奏はすべてウィーン・フィル、歌い手もブリュンヒルデがビルギット・ニルソン、ジーグフリートがヴォルフガング・ヴィントガッセンと同じ人ですが、ホータンは二人となっていて8年の歳月を感じます。歌手の皆さんはワーグナーを歌わせたら天下一品の人ばかりだそうです。

 この作品は、もはやこの曲の定番となっているショルティの「ニーベルンゲンの指輪」全曲盤のダイジェストとして発表されたものです。全曲盤は15時間あるそうですが、この抜粋盤も80分とボリュームたっぷりです。

 普通、80分もあるクラシックのCDを聴き通すのはちょっとしんどいものですが、この作品は抜粋版なので、せわしない感じがしてわりとあっという間に聴いてしまいました。言葉も分かりませんからストーリーも分からないのですが、分かった気にもなってきます。

 これはやはり15時間の重みということでしょう。超大作です。北欧の神話を下敷きにしているとは言うものの、これはワーグナーが創造した世界そのものです。その世界に放り込まれるわけですから、言葉など分からなくても住人になってしまいます。

 インド古典音楽などですと梵我一如、すなわち宇宙と一つになることを目指すわけですが、西洋は違います。世界を創造することを目指します。神の視点です。ワーグナーは神として小宇宙を創造したわけです。

 それを正面から受け止めるには相当の覚悟が必要ですが、それをデッカのサウンド・チームとショルティがやってのけました。結果として鬼気迫る大定番が出来上がりました。「地獄の黙示録」もショルティに演奏の使用許可を求めにいくわけです。

 もちろん「ワルキューレの騎行」は収録されています。ワルキューレたちは戦いの女神で、2日目の第三幕では冒頭に天馬に乗って現れます。そこに鳴り響くこの勇壮な楽曲はさすがに素晴らしいです。それにしても女性たちだったとは。ますますカッコいいです。

 また、「ジークフリート」の「鍛冶屋の歌」ではとんかんとんかん鍛冶場の音が模されています。このように情景描写が明らかで、楽劇の劇伴というに留まらず、音楽が物語を語っていきます。ロマン派の真骨頂でしょう。

 とても聴き通せる自信はありませんが、全曲版に挑戦してみようという気になってきました。達成感は半端ないでしょう。ショルティさんもウィーン・フィルも声楽家の皆さんも完成した暁には多大な喜びに溢れたことでしょう。物量作戦に圧倒されました。

Richard Wagner : The Golden Ring / Georg Solti, Vienna Philharmonic Orchestra (1966 Decca)