アンビエントという言葉を音楽界にもたらした記念すべき作品です。イーノは「匿名性の高い音楽だけれども、他に誰もこんなことをしないから、これも私の音楽なんだ」と笑いながら語っていますが、今や音楽の一ジャンルとしてすっかり定着しました。

 細野晴臣も、この作品を評して「この作品はイーノがつくらなければ誰かが作った。自分が作った。」と語ったことがあります。それほどこの作品が切り開いた新たな地平は必然的なものだったということです。

 アンビエント・ミュージックはイーノ本人の解説によれば、「その場の音響的空間的特性を強化する。静寂と考える場をもたらす。無視してもよいし、ちゃんと聴いてもいいが、その場合でもどんな聴き方でもよい」音楽です。

 一般に使われているイージー・リスニングなBGMとは全く異なりますし、プログレッシブ・ロックなどとも全く違います。作品として完結してはいるのですが、外の空間に向かって開かれた感覚があります。オブスキュアではなく、アンビエントです。

 イーノはこの作品をドイツのケルン空港で思いついたそうです。実用に供することも考えて、構内アナウンスがあるから中断可能でなくてはならない、人々の会話の周波数からずれていなければならない、会話と違う速度でなければいけないなどの条件を課しています。

 その条件の最大のものは空港の生み出すノイズとの共存です。そこにアンビエントの真骨頂があると思われます。しかし、こういう条件を突き詰めて行くと、その場その場に適した音楽である必要が生じてきそうです。

 現にこの音楽もどこの空港でも合うかというとそうではないと思います。たとえばドバイ空港などは、あまりに広すぎるので、ひっきりなしに流れるアナウンスが得も言われぬ音響効果をもたらしていて、それ自体で完結。この作品を流しても効果は薄いでしょう。

 むしろ、この音楽は本屋さんのようなもう少しこじんまりした空間に似合います。アート本を並べた本屋でかかるととてもぴったりします。静寂を深め、頭が冴えわたってきますから、読みもしない難解な本を買ってしまったりしそうです。

 それに無視できない。何かが矛盾しているとしか思えませんが、私はこの作品を何度も聴いたので、ほとんど覚えてしまっています。無視できないどころか一緒に口ずさんでしまうほどです。どこでも頭の中で聴ける究極の環境音楽とも言えますが。

 1曲目ではロバート・ワイアットの弾くピアノがそれはそれは美しいです。2曲目はエンジニアを務めるコニー・プランクの奥さんを始めとする何人かの女性のコーラスだけで構成されています。それも一音ずつテープ・ループにしてそれを再構成する手法がとられています。

 理知的に積み上げられた方法論に従って出来た作品なのですけれども、出来上がったサウンドは見事に美しい。本来の趣旨を離れて、簡素で静謐な音楽のことをアンビエントと言うようになったのはこのアルバムの見事なサウンドのせいでしょう。

Music For Airports / Brian Eno (1978 EG)