この作品の素晴らしさをどう伝えましょう。聴き終わってしばし呆然としてしまいました。中村とうよう氏が言葉が分からない日本人に英語のラップが分かるわけないと発言したのを鼻で笑っていましたが、言葉が分かるとこんなにも違うものかと初めて思い知らされました。

 ゴメスは第二回高校生ラップ選手権で準優勝して颯爽とシーンに現れたラッパーで、これは彼のセカンド・アルバムになります。全13曲、曲ごとにさまざまな人々が参加しているのですが、これが一人も分からない。ストリート・シーンからは年寄りは全く疎外されています。

 唯一、名前を知っていたのは中原中也です。ゴメスは中也の詩「盲目の秋」を朗読しています。中也とゴメスは一線に繋がっています。あまりにぴったりしすぎで怖いほどです。♪ゆあーんゆよーん♪でなくて良かったです。

 この作品は本当に素晴らしいです。思わず聴き入ってしまいます。ラップなのかポエトリー・リーディングなのか議論があるようですが、そんなことはどうでもいいです。韻も踏んでいないですし、変にヒップホップ的なラップになってないところが新鮮です。

 言葉も素晴らしい。引用してしまうと恐らく伝わらないでしょう。普通に書きだしてしまうとよくある言葉が並んでいますけれども、そんな言葉にヒリヒリとするリアリティーを持たせることができる才能は凄いと思います。

 「今はラップより映画のセリフからの方が盗めるんです」と語る彼は、「同じ言葉を発したとき、どこにアクセントをつけて、どこでどんな声色を使えば、喜びの表現になったり悲しみの表現になったりするのか」をすごく気にしているんだそうです。よく分かります。

 アルバムのタイトルは「し」、もちろん「死」であり、「詩」です。究極の重いテーマですけれども、茶化すことなく、真摯に対峙して見事に言葉を紡ぎあげていく様がまぶしいです。若い才能というのは素晴らしいものです。

 かつて存在したアングラ・フォークの最良の継承者であろうと思います。それに各楽曲のトラックがまた素晴らしい出来です。ジェームス・ブレイクやJディラあたりの良質のクラブ・ミュージックを思いだしました。あまり脈絡はないのですが。

 共演している人々は、レーベルを設立運営しているパラネルを始め、「日々の生活の中で出会った友人ばかり」ということです。ミスiDの木村仁美や智香アイドルの姫乃たま、QQIQの伊奈つばさなんていう人を初めて知りましたが、みんないい仕事をしています。

 「ヒップホップの業界にうんざりしたんですよ」とゴメスは語ります。「譲れないものが多すぎる」、「形のあるものは全部譲っちゃっていいと思ってるんですよ。僕」。確かにこのヒップホップは新鮮です。約束事から自由であるというのは凄いことです。

 ここまで言葉が突き刺さってくるラップがあるのかと虚をつかれた思いです。まだ20歳くらいの「自閉症と共に生きるラッパー」は本当に素晴らしい。感動しました。若者は年寄りを驚かすために存在しているのだということを思い出しました。

参照:CDジャーナル2015/4

Shi / Gomess (2015 Low High Who?)