サンフランシスコ生まれの中国人ウィンストン・トンは1984年4月に東京にやってきました。「ムジーク・エパーヴ」と題されたツアーで、ドゥルッティ・コラム、ミカドとともにベルギーのクレピュスキュール・レーベル関係のアーティストを招聘したイベントでした。

 渋谷公会堂で4月28日に行われたコンサートは私も見に行きました。オープニングは日本から「陽気な若き水族館員たち」に参加しているアーティストたちで、飄々とした作風の面白パフォーマンスで、結構面白かったことを覚えています。

 それでウィンストンですが、女性ボーカリストのニキ・モノとの二人によるボーカル・パフォーマンスでした。しかし、彼らが演奏を始めると、結構な数のお客さんが席を立ってしまいました。一緒に行った友人も出ていってしまいました。

 皆のお目当ては明らかにドゥルッティ・コラムでしたから、ミカドや水族館は良くても、ウィンストンの暑苦しいボーカルはいかにも場違いな感じがしたものです。私は嫌いじゃないので、出ていった友人たちに腹が立ちましたが。

 この作品はそのウィンストンのベスト・アルバムです。ウィンストンはタキシードムーンとつかず離れずの関係を続けていますので、このベスト盤にはタキシードムーンの曲でウィンストンがボーカルをとっている曲も含まれています。

 冒頭に置かれたタイトル曲がその一つです。この曲はウィンストンの、そしてタキシードムーンの代表曲になっています。彼ららしいしっとりとしたヨーロピアン浪漫漂う楽曲で、ウィンストンの熱いボーカルも冴えています。本当にいい曲です。

 ウィンストンはもともとパフォーマーです。そして歌も歌う。「ラスト・エンペラー」の役を取りに行ったことからも分かる通り、歌を歌う役者だと言えます。それを念頭においておかないと、ベスト盤の醍醐味が分かりにくいでしょう。ころころ表情が変わりますから。

 2曲目の「レポーツ・フロム・ザ・ハート」は、彼のアルバム「セオレティカリー・チャイニーズ」からですが、このアルバムのプロデューサー、アラン・ランキンのバンド、アソシエイツの作品そのままです。自作曲も多いのですが、基本的に監督タイプではなく役者タイプの人です。

 彼の最初のソロ・アルバム「ライク・ジ・アザー」はカセットで発売されたもので、ウィンストンのモノローグを中心とした作品、二枚目の「セオレティカリー・チャイニーズ」はディスコ・アルバム、続く「ミゼレーレ」はバレエのサントラ。パフォーマーならではの振れ幅です。

 気合が入った曲は「セオレティカル・チャイナ」で、ニュー・オーダーやア・サーテン・レイシオなどのレーベル・メイトを中心とするニュー・ウェイブ・スターがゲスト参加しています。彼の代表曲ですが、やはりタキシードムーン時代の方がよいかもしれません。

 ジャズへの挑戦も含めて、いろんなスタイルに挑戦しながらも暑苦しいボーカルはどこにも刻印されていて、もはや楽しく思えてきます。マリアンヌ・フェイスフルの「ブロークン・イングリッシュ」のカバーも秀逸で、典型的なニュー・ウェイブ作品に花を添えています。

In A Manner Of Speaking / Winston Tong (2008 LTM)