アルフィーの描くジャケットがまず秀逸です。ロバート・ワイアットは口とW、ジラッド・アツモンはクラリネットとA、ロス・スティーヴンはヴィオラとSを使って記号的に表現されています。ユーモラスでほっとします。ジャケット画家としてトップ・クラスの人です。

 そのジャケット絵の示す通り、この作品はワイアット、アツモン、スティーヴンのトリオ名義で制作されたアルバムです。ロバート・ワイアットはいつもと違ってほとんどボーカルに徹しています。トランペットは1曲だけ、パーカッションも数曲です。

 ジラッド・アツモンはワイアット作品には馴染みの深いイスラエルのサックス奏者です。ロス・スティーヴンはヴァイオリン奏者で、ここではシガモス弦楽四重奏団を率いての参加です。彼女はタンゴ・シエンプレという現代タンゴを演奏するバンドでも有名です。

 この3人の邂逅によって生まれた作品ですから、ロックというわけでもなく、単純にジャズというわけでもなく、クラシックというわけでもない作品です。しかし、選ばれている楽曲の多くはジャズのスタンダード曲ですから、一般にはジャズの棚に分類されそうです。

 スタンダードは、ローラ殺人事件の「ローラ」、セロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」、コルトレーンで有名な「ラッシュ・ライフ」、ヘレン・メリルでお馴染みの「ホワッツ・ニュー」、エリントンの「イン・ア・センチメンタル・ムード」にサッチモの「この素晴らしい世界」です。

 いずれもかなり古い曲ばかりです。ロバートは「どうやって最期を迎えたいか」と聞かれて「ピアノ・バーに座って古いスタンダードを弾きながら」と答えたそうですから、本当にこういう楽曲が好きなんでしょう。昔からの愛唱歌を無邪気に歌う姿は素敵です。

 この他には「シュリープ」から「マリアン」、「ドンデスタン」のタイトル曲の改作、「ナッシング・キャント・ストップ・アス」収録のシングル曲「アット・ラスト・アイ・アム・フリー」が収められています。もちろん新しい録音です。

 そして新曲は2曲で、スティーヴンとアツモンがそれぞれ1曲ずつ書いています。歌詞を書いたのはアルフィーです。ロバートは「ラウンド・ミッドナイト」で口笛を吹いていますが、口笛嫌いのアルフィーが外出した隙に録音したそうで、アルフィーの存在の大きさが分かります。

 タイトル曲はロバートではなく、ジラッドの奥さんが歌っています。ジラッドはこの歌詞を聴いた時にパレスチナのことだと思い涙したそうです。この曲に続いて、もともとパレスチナを歌った「ドンデスタン」をさらにより深く改作した曲を持ってくるとはワイアットは一貫しています。

 そこはかとなくタンゴの香りがするストリングスと奔放なサックスやクラリネットの音色に、いつもよりも深く落ち着いたワイアットの声がのせられて、ノスタルジーに溢れるサウンドが流れる一方で、パレスチナですから、ロバートの信奉者としては嬉しくなってしまいます。

 ボーカルとストリングスは別のスタジオで録音されていることもあるのでしょう、この作品は誰か一人がリーダーとなったわけではなく、三人による見事な共作となっています。またこれもロバート・ワイアットにとっては新しい顔を見せた作品になりました。凄いです。

参照:"Different Every Time" Marcus O'dair

For The Ghost Within / Robert Wyatt, Gilad Atzmon, Ros Stephen (2010 Domino)