この作品は1968年10月28日にロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで行われたコンサートの模様を収めたものです。1993年に唐突に発表されましたが、一部の音源は「いたち野郎」で使用されていました。

 ザッパ先生はこのライヴに際してBBC管弦楽団のメンバーを十数人雇い入れたりして、7000ドルもの費用を掛けていて、それをアルバム発売で穴埋めしようとしましたが、結局、こんなに遅くの発表になってしまいました。ちょうどレコード会社とごたごたしていた時期です。

 コンサートは二部に分かれていて、前半は「進歩?」と題する寸劇です。ザッパ先生のドラマ仕立ての作品は当時のアメリカン英語ネイティブでないと面白さがよく分かりません。おまけに映像もありませんから、何とも隔靴掻痒です。

 しかし、タイトル「時代を先取り」の意味合いはこの寸劇に表われています。マザーズの音楽自体が時代を先取りしているのかと漠然と思っていましたが、そうではなくて、この寸劇中の一曲「エイジェンシー・マン」のことでした。

 茂木健さんの翻訳では♪大統領を一匹売ってくれよ、エージェンシーのおっさんよ♪となっているこの歌は1967年の楽曲です。翌年の大統領選挙に初めて出馬したあのロナルド・レーガン元大統領のことを歌った歌です。

 その後、レーガン大統領が誕生し、選挙参謀だったビル・ケーシーはCIA長官になります。ほんまもんの「エージェンシー・マン」なわけです。これが「時代を先取り」と言わずしてどうしましょうか。その後のザッパ先生とレーガン大統領の関係を考えると感慨深いものがあります。

 その寸劇はさておき、後半は「とびきり素晴らしいわけではないが、まずまずの出来の」マザーズのロック・コンサート・パフォーマンスです。ご本人はライブの出来にはとても厳しい人ですから、そういう言い方になっていますが、なかなかどうして素晴らしいライブです。

 バンドのメンバーは初期マザーズの顔役ばかりです。アルト・サックスとピアノを奏でるイアン・アンダーウッドが中心になっていることは疑いなく、ザッパ先生とイアンとのコラボがとても決まっています。特に寸劇中のイアンのピアノは素敵です。

 そして、ギターは一本だけですけれども、ドラムはアート・トリップとジミー・カール・ブラックのツイン・ドラムです。ばたばたした感じのドラミングがいかにもマザーズです。ジミーおじさんは寸劇部分で哲学を語ったりして、相変わらずのいじられキャラを演じています。

 コンサート部分は、名曲「キング・コング」に始まって「オレンジ・カウンティー・ランバー・トラク」で終わります。どちらも10分程度の長尺で、それに挟まれるように、マザーズ時代のお馴染みの曲が並びます。エレクトリック室内楽とはこういう作品のことです。

 噂にはなってたある一日のコンサートをほぼまるごと収録した作品の発表は「ヘルシンキ・テープ」に続いて2回目です。これが出るならば、あれもこれもとファンにとっては夢の広がるCDでしたが、まさか1年もたたずに訃報が届くとは...。

Ahead Of Their Time / Mothers Of Invention (1993 Barking Pumpkin)