幼馴染の旦那さんがアル中で入院していたのですが、退院した帰り道でまた飲んじゃったと嘆いていました。お酒というものは業が深いものです。適度な飲酒は人生を豊かにしますが、飲み過ぎはいけません。

 ロバート・ワイアットはこのアルバムを制作している頃、ほぼアル中で片時もお酒を手放せなかったそうです。奥さんのアルフィーは当時、要介護の母親とアル中のワイアットの狭間で悩み苦しんでいました。

 前作が完成してから、生々しさが足りなかったと反省したロバートは赤裸々なアルバムを作り上げました。それがこの「コミックオペラ」です。いきなり冒頭の「ステイ・チューンド」から、声がやたらと生々しいです。これまでの録り方とは違います。

 さらに歌詞がこれまたとても生々しい。二曲目の「ジャスト・アズ・ユー・アー」は、夫婦それぞれの立場から歌われています。♪あなたの目。私に嘘をついている。約束はことごとく裏切られた♪に対し、♪君の目。私を軽蔑しているだろう。もっと強くなれないからって♪。

 もちろんアルフィーの作詞です。アル中の旦那と面倒を見ている奥さんとの会話として聴くと恐ろしいまでの現実感です。アルフィーはこの作品のことを「とても痛々しくて聴いていられない」と語っています。

 アルバムは三つのパートに分かれていて、それぞれ「ノイズに埋もれて」、「ここと今」、「妖精と飛んでいく」と題されています。生々しくパーソナルな「ノイズに埋もれて」の次は、イラク戦争で苦しむ人々に思いを馳せて、さらに暗くなっていきます。

 ♪あなたは私の心に消えない憎しみを植えつけた♪という歌詞が「ここと今」を締めます。イラク戦争で家を破壊されたレバノン人のニュースに触発されたアルフィーの作詞です。最後のパートでは英語国民に嫌気がさしたとしてイタリア語ないしスペイン語で歌われています。

 サウンドも確かに赤裸々なまでに生々しいです。参加しているミュージシャンも、自宅とフィル・マンザネラのスタジオで録音されているところもほぼ前作と変わりませんが、明らかに音の表情が違います。

 ボーカルには、ボサノヴァ歌手モニカ・ヴァスコンセロスが参加していることに加え、そのモニカの声をサンプリングしたモニカトロンにお馴染みのカレノトロンとイーノトロンが使われています。ワイアットのボーカルへのアプローチは独特です。さすがは不世出のボーカリストです。

 アニー・ホワイトヘッドにジラッド・アツモン、それにヤロン・スタヴィのジャズ組、イーノ、ポール・ウェラー、フィル・マンザネラのロック組などに加えて、今回の目玉はマッチング・モール仲間のデイヴィッド・シンクレアが参加していることです。経緯を知っているとほっとします。

 ロバート・ワイアットの音世界はさらに進化を遂げていて、この作品も最高傑作との評価がありました。これだけ長いキャリアで新作を出すたびに最高傑作だと言われるのは凄いことです。なお、ロバートは後にお酒を止め、夫婦の危機は回避されましたのでご心配なく。

参照:"Different Every Time" Marcus O'dair

Comicopera / Robert Wyatt (2007 Domino)