ヴェイパー・トレイルとは飛行機雲のことです。「蒸気の跡」という意味ですから、全く正しいのですが、何とも意表をついた素敵な言葉だなあと感心した次第です。タキシードムーンはバンド名同様、アルバム・タイトルの命名センスも素晴らしいです。

 タキシードムーンは公式に解散したことはありませんが、1990年代にはほとんど活動をしていませんでした。しかし、2004年7月にアルバムを発表して以降はコンスタントに活動するようになりました。

 このアルバムはタキシードムーンの結成30周年となる2007年に発表されたものです。同時に発表された30周年記念ボックスはDVDを含む4枚組で、そのうちの一枚はこの作品だという豪華仕様もあります。

 彼らは1980年にレーガンのアメリカを離れて以来、ずっとヨーロッパのアヴァンギャルド・シーンで活躍していました。かなり無国籍な様相を呈しています。例えば、この作品でもボーカルは英語ばかりではなく、ギリシャ語やスペイン語なども使っています。

 このアルバム制作時には無国籍感はさらに強まり、スティーヴン・ブラウンはメキシコ、ブレイン・レイニンガーはギリシャ、ピーター・プリンシプルはニューヨーク、リュック・ヴァン・リーシャウトはベルギーと皆バラバラに暮らしていました。

 この作品の制作はギリシャ、アクロポリスを臨むスタジオで、数多くのギリシャ史跡に囲まれての制作になっています。制作場所がどこまで創作過程に影響するのかは分からないとしながらも、明らかに影響しているのだとはブレインの言葉です。

 「あちこちを旅してそこの構造を、タキシードムーンというフィルターを通して、聴く人に提示することが自分たちの職業なのだ」ともブレインは語ります。「この作品はギリシャでの滞在の結果であり、集合的無意識の三途の川領域への旅なのだ」ということです。

 無国籍な存在を通して、土地土地の記憶が姿を現していくというお話は、このアルバムを聴いてみると納得できます。そのサウンドは英米中心のいわゆるロックからは隔たったところにあります。

 昔から大きく変わったわけではありませんが、そのサウンドは歳をとってさらにしっくりくるようになりました。打ち込みリズムもデヴァイスの進化もありますから格段にゴージャスになっています。管や弦もますます艶がでています。いい歳の取り方をしたものです。

 ブレインは、さらにプラトンの「音楽は徳を教えるために魂に届く音の動きである」という言葉を引用していますが、エルヴィスの「自分は音楽について何も知らない。知る必要もない」を合わせて引いて、わざわざバランスをとっています。彼ららしいです。

 こんな活動をしている人を他に知りません。まるで孤高の存在です。曇天のアテネにしっとりとした風が吹いてきているようなそんな佇まいがとても美しい作品です。ヨーロッパのアヴァンギャルド・シーンも興味深いものです。

Vapour Trails / Tuxedomoon (2007 Crammed Disc)