情けない話ですが、グラミー賞と聞くと何やらありがたい気になってしまいます。「グラミー賞を取った直後の作品なので、この作品で初めて上原ひろみを聴く人も多いだろう」とどこかに書いてありましたが、それ、私のことです。何やら悔しいです。

 上原ひろみはスタンリー・クラークのバンドで2011年に最優秀コンテンポラリー・ジャズ・アルバム賞に輝いています。その直後にリリースされたのが、この作品で、ザ・トリオ・プロジェクトという名の通り、トリオによる作品です。

 コントラバス・ギターという6弦ベースがトレードマークのアンソニー・ジャクソンと、ジェフ・ベックやTOTOとの仕事で知られる手数王ドラマー、サイモン・フィリップスに、上原ひろみのピアノというトリオです。このトリオでの作品はこれが最初です。

 アルバム・タイトルの「ヴォイス」は、「目を閉じればいろんな人の声が聞こえる、感情が溢れだす、感情は心の真の声」という解説が付けられています。「内なる声に際限まで耳を傾けて、それをすくい取って音にしてみたかった」のだそうです。

 「特に言わなくても何かが伝わってきそうなくらいの思いって、言葉にしないという意味でインストと同じなんですよね。そこで繋がるかなと思って」。いわゆる内語の世界ということです。言葉というものの意味合いを深く考えさせるものです。

 彼女のピアノは饒舌です。インストゥルメンタルですけれども、どちらかといえば言語を認識する左脳に入ってくるような感覚です。メロディーがとても言語的で、聴き終わってしばらくして思い出すと、歌があったかのような気にさえなります。

 彼女はさまざまな人と共演していますが、その中に矢野顕子の名前を見つけた時には深く納得したものです。いかにも二人には共通点が多そうです。ピアノのスタイルも相性がよさそうですし、歌が似合います。

 また、サイモン・フィリップスというのが面白いです。ジェフ・ベック、ジュダス・プリーストからマイケル・シェンカー、ホワイトスネイクとハード・ロック系統のバンドからTOTOへの参加など、まるでロック系のドラマーです。貧乏ゆすりのようなバスドラさばきがカッコいい人です。

 このアルバムを評して、まるでジャズじゃないというものもあるようですが、サイモンのドラムは確かにロック心に溢れていて、とてもメロディアスな上原のピアノ・スタイルを合わせてみると、プログレッシブ・ロック的な香りがぷんぷんいたします。

 アンソニー・ジャクソンの安定したベースさばきがアンカーとなってトリオ全体のアンサンブルは見事ですし、最高傑作の呼び声も分かります。プログレッシブ・ロックのジャズ・ロック派閥の系譜においてみるとしっくりきそうな素敵な作品です。

 アルバム最後にはベートーヴェンの「悲愴」が収録されています。これはエンドロールの意味合いだそうで、ドラマティックな展開のアルバムの最後に、沸き起こった感情を浄化するのだそうです。至れり尽くせりの構成です。とても論理的な作品です。

参照:「Rooftop」2011/3/1

Voice / Hiromi, The Trio Project (2011 Telarc)