ジャケットはスリップ・ケースに入っています。そのケースには溶岩に横たわるビョークの姿が描かれていて、ちょうどこのヘッドピースをつけたビョークが隠れてしまいます。そちらもいいのですが、私は武田麻衣子さんのデザインによるヘッドピースの方が好きです。

 まるで帽子の役目を果たしていなそうですが、実際には軽くて柔らかいそうで、被り心地は結構よいということです。こんな常軌を逸した美しさとの出会いを提供してくれるところがビョークの凄いところです。

 この作品はビョークの8枚目のスタジオ・アルバムで、前作からは4年半の歳月が流れています。彼女の場合は結構話題に事欠かないので、そんなに時間が経っていたとは意外な感じがします。

 「まだ私の作品に興味をもってくれてありがとう」の書き出しで、自身のフェイスブックに作品解説が掲載されています。それによれば、今作は「完全なハートブレイク・アルバム」です。それもビョークらしい徹底したハートブレイクです。

 冒頭の曲「ストーンミルカー」には9か月前、「ライオンソング」は5か月前、3曲目は3か月前、4曲目が2か月後、次が6か月後、そして11か月後というフレーズが歌詞カードに添えられています。

 それは子どもをもうけた元パートナーとの別れを原点とする時間軸なのでした。別れる9か月前から別れて11か月後までの20か月に及ぶドキュメンタリーが歌詞に刻印されているわけです。物凄い徹底ぶりです。

 ビョーク自身もこれを作品にするのはあまりに自己中ではないかと悩みましたが、むしろより普遍的ではないかと思い直したそうです。結局のところ、傷が時とともに癒えていくのは、生物学的なプロセスだということを示すこととなりました。「出口はある」んです。

 そして、「何かを失ったら別のものが現れる」ということで、ベネズエラ出身のDJ、アルカが一緒に仕事をしたいとビョークの元にやってきて、わずか数か月でアルバムを仕上げてしまったということになります。その成果がこの「ヴァルニキュラ」です。

 その他に参加しているのは、英国のDJ、ハクサン・クロークや米国の女性歌手アントニー・ヘガティーくらいで、ストリングスやコーラスを除くととても少ない人数で完成しています。充実ぶりがひしひしと伝わってきます。

 サウンドはとても落ち着いています。ビョークのモノローグ調のボーカリゼーションにまとわりつくサウンドは音数が少ない上品なもので、ポスト・クラシカルな現代音楽に近い。考え抜かれた骨格だけのビートが加わっていて、アヴァンギャルドなポスト・クラシカルと言えます。

 現代のあらゆる最先端を放り込んだいつものビョークではありますが、新定常状態にあるかのように驚きは少ないです。しかし、もはやそれで十分凄いことです。この作品を聴き終わって立ち上がれるようになる人も多いことでしょう。究極の癒しアルバムです。

Vulnicura / Björk (2015 One Little Indian)