トレードマークとなった奥さんの描く絵をジャケットにしたロバート・ワイアットの10年ぶりのソロ・アルバムです。しかも今回は全曲が彼のペンになるものですし、奥さんのアルフィーが4秒ほど話している他は総てワイアット本人が一人で演奏して歌っています。

 もはや画家や作家のように一人で働くことになり、音楽は社会活動ではなくなったとワイアットは語ります。ミュージシャンを雇う金がなくなったとも、身体が不自由なので余計に何でも一人で出来ると見栄をはったとも言われますが、彼の音楽活動からは必然の結果です。

 ある日、ロバートは西側のプロパガンダを流すラジオ番組で彼の昔の曲が流れてきたことに恐怖を感じました。筋金入りの共産党員なのに、反共産主義の旗印に使われたわけですから、さぞや不本意だったことでしょう。

 そこで、ロバートは決して間違って使われない曲を作ろうと決意して、このアルバムを制作しました。「ロックに係わる者は誰でも政治に興味を持たなければならない」という強い信念をもって作られたアルバムです。

 アルバムはイギリスの諜報機関職員でソ連に機密情報を渡していたという理由で投獄されたマイケル・ベタニーに捧げられています。「ソ連には宣戦布告もしていないのに、なぜロシア人に英国政府がやっていることを話したからといって罪になるのか」。

 この時期は冷戦時代で、ベルリンの壁崩壊はまだ先のことでした。イギリス国内では炭鉱労働者のストライキが燃え上っていた頃です。否が応でも盛り上がったロバートによる全10曲は極めて明瞭に政治的なメッセージが込められています。

 まずは「アライアンス」。労働党から別れた社会民主党と自由党との同盟への批判を歌っています。二曲目の「ユナイテッド・ステイツ・オブ・アムネジア」は忘却の国アメリカを歌っています。アメリカは先住民族を征服した歴史を忘れていると。

 ロバートの目は世界に向かい、3曲目はインドネシアからの独立紛争を戦った「東チモール」です。さらにアルバムの中心となる曲「エイジ・オブ・セルフ」では、ブラジルの資源メジャー、リオ・ティントによる労働者の搾取の話が出てきます。

 「みんなが英国のことしか話さないことにショックを受けた。コロンビアからフィリピンまで労働者は戦っていることを知っているのに」と語るロバートは狭量な社会主義者へ向けた痛烈な批判を行っています。

 こうしたプロパガンダ色の強い曲ばかりですが、サウンドは素晴らしいです。スタジオにロバートが持ち込んだのは小さなキーボードとティンバレスにハンド・パーカッションのみ。ドローンの上にこの上ない簡素な演奏を乗せ、ワイアットが静かに歌います。

 これまでの作品とは一線を画すトータルな作品です。胸にワイアットのボーカルが沁み込んできます。完全なソロは正解でした。ここまで遠い道のりでしたけれども、ロバート・ワイアットの音楽はここに一つの完成を見たのだと思います。素晴らしい作品です。

参照:"Different Every Time" Marcus O'dair

Old Rottenhat / Robert Wyatt (1985 Rough Trade)