日本の音楽界にセンセーションを巻き起こした歴史に残る作品です。流行歌の世界ではLPが売れなかった時代にも係わらず40万枚を超える売り上げを記録し、15週間も1位に輝きました。当時としてはモンスター級のアルバムです。

 しかし、私にとっては、吉田拓郎は何とも混乱した位置づけにあります。反体制派なのか体制派なのか、軟弱なのか硬派なのか、何ともよく分からない人でした。その思いは今でも抜けず、結局、私にとっては、「森下愛子の旦那さん」というのが一番すわりがいいです。

 私が彼を知ったのは「結婚しようよ」からで、その時は小学生でした。ようやく歌謡曲以外の音楽の世界に興味を持ちだした頃です。吉田拓郎は、テレビには出ないけれども、ヒットしている人、破天荒な逸話の持ち主だけれど「結婚しようよ」と歌う人、でした。

 フォークの世界を一般メディアにも露出させた人ですけれども、同時にフォーク界の裏切者扱いもされていた人です。そういう情報が同時に流れてきたわけですから、何とも消化しずらくて、結局、ほったらかしにしたまま人生を生きてきてしまいました。

 団塊の世代の人や、フォークからニュー・ミュージックになった後の世代の人にとってはそんな混乱はないのでしょうが、ちょうど隙間の世代には難しい人でした。そんな思いを抱え続けたまま、40年の歳月を経て、改めて聴いてみるといろいろな発見があります。

 まず、演奏が素敵です。後の日本の音楽界を支える人々がバックを務めています。まずは六文銭の石川鷹彦、松任谷由実の旦那正隆、いろんなところに顔を出す後藤次利、サディスティック・ミカ・バンドの小原礼など多士済々です。

 そしてアコースティック・ギターの音色がとても綺麗です。ラジオで聴いていた印象しか残っていないので、なおのこと印象を裏切ります。音ばかりではなく、ディランのアルバムを彷彿とさせるギター・ワークはなかなかカッコいいです。

 吉田拓郎の歌は、典型的なフォーク・ソングです。ただし、政治的であったり、メッセージ色を色濃く出しているわけではありません。日常の風景を切り取っていたり、恋愛模様だったり、内省だったりと、背伸びした風はなくて、「自分の歌」です。

 この作品の中で、一番売れたのはもちろん「旅の宿」です。シングルとして60万枚の大ヒットとなっていますが、アルバムに収められているのはシングルとは違うアコギ・バージョンです。これも当時としては斬新な試みでした。

 私はこの「旅の宿」が日本のフォークの典型だと思います。アコギを爪弾きながら、物語調に歌っていくスタイルです。「春だったね」の字余り風も典型の一つ。とても懐かしいです。ひょっとして、リズム・ボックスをバックにしていればラップかもしれません。

 しかし、40年以上を経た現在、この作品の中で一番良く耳にする機会が多いのは「夏休み」でしょう。典型的なフォークというよりも、井上陽水の「少年時代」のような素朴な唱歌風の曲。普遍的なメロディーが時の流れを生き残りました。

Genki Desu / Yoshida Takuro (1972 Odyssey)