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再び音楽に自信を無くしていた時期に、盟友だったモンゲジ・フェザが黒人であったがゆえに真っ当な治療を受けられずに死んでしまったことにショックを受けたロバートは、音楽よりも「社会主義のために戦う」ことを選びました。
こうして沈黙の時期に入るわけですが、セッションには少しは参加しています。しかし、本を読んだり、映画を見たり、大学に通ったりと音楽以外では活発に活動しており、さらに共産党に入って政治活動に勤しんだことで、大そう充実していたようです。
しかし、ほとんど失業状態ですから、いよいよ何かせねばと音楽を離れて職を探した彼でしたが、妻アルフィーが「朝早く起きなくて済むから音楽家と結婚したのに」と協力を拒否すると、結局、インディーズの走り、ジェフ・トラヴィスのラフ・トレードと契約することになりました。
当時のラフ・トレードは、協同組合のような運営形態で社会主義的でしたから、共産党の彼にはぴったりでした。ワイアットの自由度は極めて高く、ここではまず立て続けに4枚のシングル盤を発表します。これはそのシングルと新曲を編集したアルバムです。
最初のシングルは、スペイン語で歌われる「アラウコ」でした。1967年に自殺したチリのヴィオレッタ・パラによる曲です。中南米初の選挙で選ばれたアジェンデ共産党政権誕生を促した運動に結びついた曲です。そして、B面はキューバの「グアンタナメラ」の改変曲です。
二枚目は驚くことにシックの「アット・ラスト・アイ・アム・フリー」とビリー・ホリデーで有名な「奇妙な果実」のカップリングです。どちらも落ち着いたワイアットの歌が堪能できます。歌詞の重みがふわふわ声で倍増されているように思います。
三枚目が「スターリン・ワズント・ストーリン」と「スターリングラード」。どちらもスターリンを賞賛する歌です。共産党員の面目躍如です。何と「スターリングラード」はバルバドスの社会主義作家ピーター・バックマンによる詩の朗読です。ワイアットは一切出てきません。
そして四枚目はベンガルのバンド、ディシャリが参加しています。「グラス」はこれまでもソロ作に参加していた詩人アイヴォー・カトラーの曲で、ディシャリのイスマイルがタブラを叩いています。そして「トレードユニオン」はディシャリによる演奏です。
これに新曲として、自作の「ボーン・アゲイン・クレティン」、共産党賛歌である民衆歌「レッド・フラッグ」を加えて全部で10曲。アルバムとしてのまとまりを考えたものではありませんから、他のソロ作とは随分と感じが違います。
ポスト・パンク時代にあって、多くのバンドからリスペクトを受けたロバートが音楽活動に戻った記念すべき作品です。一つ一つの曲が完成品として輝いていて、ワイアットの心中を推し量りながら聴いてしまいます。正規の新アルバムへの渇望が強まりました。
参照:"Different Every Time"Marcus O'dair
Nothing Can Stop Us / Robert Wyatt (1982 Rough Trade)