ジャケットには、「失業中のポップ・シンガー、現在はソフト・マシーンでドラム担当」と記されています。自虐的に自己紹介をしているのはロバート・ワイアット、これは彼の初めてのソロ・アルバムです。

 ソフト・マシーンのサード・アルバムが好調だったことから、CBSレコードはメンバー三人にソロ・アルバムを作っていいよと、太っ腹のオファーを出します。さすがは大レーベルです。レコード袋にサイモンとガーファンクルの宣伝を載せているだけのことはあります。

 結局、この誘いにのってソロ・アルバムを制作したのはロバート一人です。後の二人はバンドでやりたいことが出来ていたということでしょう。シンガーとしてのロバートを受け入れないバンドへの不満がソロ制作に走らせたのだと思います。

 CBSはそんな事情を知っていましたから、てっきり名曲との評判が高い「6月の月」のような歌入りの曲が満載のアルバムになることを期待していました。しかし、出来てきたのは、ワイアットのボイス・パフォーマンスはあるものの歌無しのアルバムでした。

 それでもちゃんと発売するところがメジャー・レーベルです。さすがに懐が深い。「ジャズとロックの垣根を超えたアプローチは斬新そのもの。ワイアットのヴォーカル・パフォーマンスも強烈なまさに新感覚の音楽の誕生である」。

 ワイアットは「歌うのは好きだ」けれども、「歌手であることに集中したことはない」し、「歌手に特に影響を受けたことはない」と語っています。むしろ歌い方は管楽器奏者に影響を受けているとしています。管が歌う歌い方ということです。

 それなので、ジョン・コルトレーンのラインを歌ってみせたミミ・ペリンのようなボーカリーズ・スタイルには影響を受けています。それを念頭に置くと、このアルバムの最初と最後を飾る「ラス・ヴェガス・タンゴ」での彼のヴォーカル・パフォーマンスがすとんと腑に落ちます。

 アルバムはギル・エヴァンスのその曲に挟まれてオリジナルが7曲、いずれも彼の友人に捧げられています。演奏でも参加している兄のマーク・エリッジや、同じくオルガンを弾いているデヴィッド・シンクレアのキャラバン、デヴィッド・アレンやカーラ・ブレイなどです。

 パーカッションで参加しているシリル・エアーズはロバートのガールフレンドにしてケヴィン・エアーズの元妻、そのエアーズのホール・ワールドにも曲が捧げられています。さらに曲をささげているキャロライン・クーンも彼のガールフレンドです。

 ソフツに加入するエルトン・ディーン人脈のミュージシャンといい、バンドは身内で固めていて、友人への曲ばかりというとてもパーソナルなタッチの音楽です。とてもフラジャイルな感覚はそこから立ち上ってくるのだと思います。

 ソフツの初期のエッジは効いているけれども飄々としているという持ち味がロバートによるものだということが良く分かります。それをパーソナルに展開したのがこのアルバムです。裏ソフト・マシーン的な傑作だと思います。

The End Of An Ear / Robert Wyatt (1970 CBS)

(参照:"Different Every Time" Marcus O'dair)