レバノン、ベイルートと言えば、連合赤軍、重信房子と真っ先に思い浮かんでしまうのが、私の世代の性です。そんな連想を持った私の前に、ヤスミン・ハムダンが登場したわけですから、神秘感もいや増しに増そうというものです。

 ヤスミンは1976年にレバノンに生まれています。レバノン内戦は1975年に始まり、1990年に一応終結していますから、彼女の幼少期を通して、母国が戦争状態にあったということになります。最初のポスト・ウォー世代とも言えます。

 彼女は、1999年から、アラブの「マッシヴ・アタック」と呼ばれた伝説のバンド、ソープキルズのボーカリストとして活躍していました。その後、活動拠点をパリに移して、YASなるユニットで活動、そしてこのアルバムが初めてのソロ・アルバムになります。

 「ポーティスヘッドやマッシヴ・アタック、レディオヘッド、それにビョーク、当時のいわゆるトリップホップはメランコリーを表現していて、内戦後のベイルートの状況にとてもフィットしたのです」と彼女は語ります。

 半壊したベイルートは「とても美しく、優しく、メランコリックでもろかった。たくさんの悲劇、苦痛がありましたから」。これを創作意欲の糧にするところが立派なアーティストです。戦争の意味について「音楽以外では答えを見つけることができなかった」ということです。

 このソロ・アルバムに広がる風景もその流れを引き継いでいると言ってよいです。プロデューサーに選んだマルク・コランは、80年代ニューウェイブの名曲をボサノヴァ・カバーしたバンド、ヌーヴェル・バーグの人です。トリップホップではありませんが、メランコリーでしょう。

 アラビア語で歌う彼女ですが、アラブの伝統的な歌謡とは異なります。そこは現代風ですし、自由を感じます。 「このアルバムで私は本当に言いたいことを言える機会を持った」彼女は、「もっと自信を持っていい、自分で選択していい自由」を手に入れています。

 ギターやキーボードを中心とした、沈み込むように抑えた演奏をバックに、決してシャウトするわけではない軽やかな彼女の歌が流れます。浮かれることは一切なく、静かな力強さを見せつけられます。アラビア語の響きがアラブを連れてくる、クールな音楽です。

 「私にとって音楽は抵抗の空間です。音楽は正義のための戦いの感覚なのです」。彼女の歌は重いです。のほほんとした私には眩しすぎます。少女時代に戦争が日常であり、現在でも女性が大きな抑圧を受けている状況に身を置く彼女は強靭です。

 一方、彼女は女優としても、ジム・ジャームッシュの新作映画でデビューしており、劇中でアルバム収録曲「ハル」を披露しています。美しく強靭な容姿はジャケットにある通り。アルバム発表の翌年に出演した日本の音楽祭でも大評判でした。

 フランスの懐の深さを感じます。アラブ世界、アフリカ仏語圏を中心に、パリはさまざまな文化の混じり合う地であり続けています。ヤスミンの音楽活動を抱擁する風土は素晴らしいです。こういう風土が豊かな大衆音楽の揺籃になるのでしょう。

Ya Nass / Yasmine Hamdan (2013 Crammed)

(参照:CDジャーナル2014年12月号(サラーム海上))