イギリスでは1991年、92年と二年続けて年間ナンバー1に輝きました。年間1位を二年続けるとはなかなかないことです。他にはアデルがアメリカで達成したくらいしか知りません。モンスター・アルバムと言ってよいと思います。

 しかし、シンプリー・レッドを聴くと、イギリスでの人気とアメリカでの人気の落差に思いを馳せずにはいられません。イギリスを始め、ヨーロッパでは驚異のヒットとなったにも係わらず、アメリカでは70位くらいでした。

 ところがサウンドがイギリス的と言えるかというと、基本的にはブルー・アイド・ソウルなので、ヨーロッパ的なプログレとかイギリス独特の皮肉に満ちたひねくれポップスというわけではありません。ソウルフルな歌唱をタイトな演奏で支えるというむしろアメリカ的な意匠です。

 日本ではタイトル曲や「サムシング・ゴット・ミー・スターテッド」などがヒットしましたし、CMにも使われていたりしますから、そこそこヒットしたと言えます。しかし、必ずしもこのバンドが大人気となったわけではありません。

 シンプリー・レッドはミック・ハックネルを中心としたバンドです。ミックが発言しているように彼のソロ・プロジェクトであると観念されることも多々あります。私も実はそう思っていました。全曲を作っていますし、大たいジャケットにも一人しか写りませんし。

 彼はマンチェスター出身で、伝説のセックス・ピストルズ公演の会場に来ていたといいますから驚きです。この会場に来ていた人々が後のマンチェ・シーンを作り出したわけで、彼もその一味だったということです。ただ、パンクでは成功しませんでした。

 路線を変えて、R&Bを取り入れてから大成功します。とりわけカバー曲が人気で、フィリー・ソウルの「二人の絆」はアメリカでも1位となっています。そこで、カバーばかりやっているとの批判にこたえて全曲オリジナルにしたのがこのアルバムです。

 カバー曲ではアメリカでも受けているのに、なぜこのアルバムがそうでもなかったのでしょうか。前作からリズム・セクションが変わりました。われらが屋敷豪太がドラムで参加して、リズムは格段にタイトになりました。これが原因とは考えられません。

 一般に言われているのは、ポップになり過ぎたということです。この作品からは5曲ものシングルヒットが生まれていますし、さまざまなリミックスが施されて、クラブ・シーンで人気となったりしています。やはりポップになったということを外形的に示しています。

 確かにイギリス流R&BはアメリカのR&Bとは感覚が随分違います。ちょうど90年代前半のイギリスの音楽シーンはR&Bを基調とした音楽が多く、ソウル・ネイティブではない私にとっては絹のような肌触りのサウンドを心地好く感じました。本場よりもずっと聴きやすい。

 この作品の中では「フォー・ユア・ベイビー」が好きです。淡々とした語り口がイギリス的です。モンスター・アルバムなのに全体にどこか軽い感じがしてしまう作品ですけれども、時々昔を思い出して無性に聴きたくなってしまいます。

Stars / Simply Red (1991 EastWest)