カンボジアに行った時に、現地在住の日本人の友人に頂いたCDです。日本にいる頃から私の趣味を分かってくれていた友からもらったものですから、楽しみに聴いてみたところ、案の定、大そう面白かったです。

 これはデング・フィーヴァーがコンパイルしてアメリカで発表した伝統的なカンボジア歌謡のオムニバス・アルバムです。それがカンボジアに逆輸入されたのか、現地で製造しているのか分かりかねますが、ジャケットがカラーコピー臭いので現地製造でしょう。

 カンボジア歌謡は、戦後の解放期に東洋のパリと呼ばれたプノンペンで花開いた大衆音楽です。しかし、暗黒のポルポト政権時代には完全に抑圧されます。歌が歌えるというだけで処刑されたとまで言われていますから、まさに暗黒の時代です。

 現在、カンボジアの国内外で復活運動が盛んで、かろうじて残されていた音源を復刻する作業がどんどん行われています。立役者の一人デング・フィーヴァーが、恐らく嬉々として編集したのがこの作品ということになります。

 ここに収められたミュージシャンは4組で、そのうち、ペーン・ロンが6曲、ルス・セレイソティアが5曲、ダラ・チョム・チャンが1曲、シン・シサモットとペーン・ロンのデュエットが1曲です。シン・シサモット以外はすべて女性歌手です。

 セレイソティアはシハヌーク殿下が「王都の黄金の歌声」と呼んだ歌手で、女性歌手ナンバー・ワンの人気を誇った人です。高く甘い声で、私はインドの歌姫ラタ・マンゲシュカルをちょっと思い出しました。大陸風の大らかな風情がとても素敵です。

 男で一人気を吐いているのはシン・シサモットで、彼は100曲以上のヒットを持つカンボジア歌謡界最大のスターであり、アジア歌謡の巨人です。このアルバムではほんのわずかしか歌声を聴けないのが残念です。

 ペーン・ロンもシン・シサモットとの仕事で知られる女性歌手で、セレイソティアよりは世代が一つ上です。セレイソティアはロンに憧れて歌手になったといいますから、ロンも大いに人気があったことが分かります。

 このコンピレーションは「エレクトリック・カンボジア」と題されている通り、ややロックよりの歌謡曲ばかりが収録されています。歌謡スタイルは日本の歌謡曲同様、とてもアジア的な歌謡なんですが、演奏はかなりロック寄りです。

 聴いた人の感想にありがちなのが、サンタナというキーワードです。やる気のないサンタナという口の悪い人もいましたが、ちょっとサイケの入ったギター・サウンドが確かに初期のサンタナを思わせないではありません。日本の60年代ロック歌謡の雰囲気もあります。

 米国のカンボジア難民コミュニティーでは旧録音源に勝手に音をかぶせて売っていたそうですから、オリジナルなのかどうか分かりにくいところも面白いです。歌手の力量は目を見張るものがありますし、ヘロヘロの演奏も味があります。カンボジア歌謡恐るべしです。

Dengue Fever presents Electric Cambodia / Various Artists (2009 Minky Record)