レゲエの世界にはダブ・ポエトリーと呼ばれるジャンルがあります。これはレゲエのリズムに乗せて詩を朗読するというスタイルで、リントン・クウェシ・ジョンソンをその発祥とします。1978年に発表された彼のファースト・アルバムが世界最初のダブ・ポエトリーです。

 リントン・クウェシ・ジョンソンは1952年にジャマイカに生まれ、1963年にはロンドンに移住しています。文学と政治に目覚めた彼は大学で社会学を修めた後、詩作を発表するようになりました。これが評判を呼びます。

 彼の詩作のスタイルは、英国ジャマイカ人の話し言葉を使ったもので、ジャマイカのDJたちのリズムの名残が見られる独特のスタイルでした。音楽なしでも、そのリズミカルな詩で詩人として極めて画期的な業績を上げていたわけです。

 さらに彼は英国の有名音楽誌にレゲエについて書くようになると同時に、政治面でも「レイス・トゥデイ」誌という政治雑誌で活躍します。こうして、彼の言論人としての評判も高くなっていきました。

 リントンは、レゲエの演奏をバックに詩を朗読する実験を始め、これが評判となるとレコードを発表します。これがダブ・ポエトリーの誕生です。この作品はリントンの3枚目のアルバムで、彼の作品の中で私が最も愛着を持っている作品です。

 前作に引き続いて、デニス・ボーヴェルがプロデュースに係わっています。クレジットにはブラックビアードと書いてありますが、これはデニスの別名です。デニスは英国レゲエ界の重鎮で、節目節目には必ず顔を出すといってもよい人です。

 リントンはこのアルバム発表の翌年には、LKJレコードを設立し、「音楽をレゲエに戻す」ことをモットーにオリジナリティー溢れる作品を輩出し続けます。詩作の発表も続けており、要するにただのミュージシャンではないぞ、ということです。

 この作品はこれまでの作品よりも野心的だと考えられており、評価は分かれるところです。ラブ・ソングから政治的な歌まで、幅広い題材を取り上げている点が野心的と言われる所以であるようです。

 「イングラン・イズ・ア・ビ**」というかなり過激なタイトルの歌に続いて、美しいラヴ・ソングである「ロレイン」が並びます。また、1979年に起こった反人種差別主義者ブレア・ピーチ殺害を歌った「レゲエ・フィ・ピーチ」もあり、詩の内容は重いものがあります。

 デニス・ボーヴェルが中心になって作り出すサウンドはモノクロームな響きがいいです。リントンのメロディアスな部分もあるけれども、朗読調を崩さないストイックなボーカルに良く似合います。ジャマイカ訛りの英語がよく分かりませんが、歌だけ聴いても十分感動します。

 ルーツ・レゲエともダンスホール・レゲエとも違う、英国のレゲエです。英国のレゲエと聞くと一般的にはUB40あたりが代表ですけれども、私には英国の寒々とした曇天に似合うレゲエはリントンのこの作品が代表作だと思います。

Bass Culture / Linton Kwesi Johnson (1980 Island)