美麗ジャケットで名高い作品です。LP時代はよくジャケット・アートの写真集を見かけたものです。音の方はあまり有名ではありませんが、このアルバム・ジャケットはビジュアル方面でとりわけ有名です。

 ジャケットを描いたのはジム・フィッツパトリックというアイルランドのアーティストです。彼はアイルランドの豊かでカラフルな歴史と伝説に息を吹き込むことを使命とする人です。しかし、彼の最も有名な作品は意外なことにチェ・ゲバラの肖像です。

 このジャケットはリバーシブルになっていて、折り返すと同じ場所の昼間になります。もちろん妖精さんはいらっしゃいません。そちらの色合いも美しいのですけれども、問題は、こんな美しいジャケットを反対側に折り曲げたりするわけにはいかないということです。

 トム・ニューマンは60年代後半からスキッフルやR&B、さらにはサイケデリックなバンドで活動してきました。しかし、彼が注目を浴びたのはヴァージン・レコード草創期を支えたマナー・スタジオのマネージャー兼チーフ・エンジニアとなったことでした。

 ヴァージン第一弾はあのマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」です。エンジニアを務めたトムの貢献も大きく、この作品をきっかけにトムの活動の領域は大いに広がっていきました。アーティストとしてのソロ・デビューは75年で、この作品は彼の2枚目です。

 「妖精交響曲」はヴァージンではなくデッカからの発表です。前作は比較的ポップなテイストだったということですが、こちらはアイリッシュ・トラッド的な自然風味豊かな味わいをもったファンタジーな作品です。

 トムが以前に組んでいたバンド、ジュライの盟友でジェイド・ウォリアーで活躍するジョン・フィールドなどがゲストで参加してはいますが、多くはトム一人で制作されています。多重録音が駆使されていて、マイク・オールドフィールドの作品に通じるところがあります。

 さらにこのトラッドな雰囲気はマイクのお姉さんサリーの作品とも共通しています。トムはロシア系ユダヤ人とアイルランド人の血を引いていますから、こうしたアイリッシュな雰囲気は自らの血に内包されていたとも言えます。

 まことに美しい音楽です。ジャケットさながらの世界が展開されています。アイルランドの深い森に佇む妖精には羽が生えています。物憂げな妖精の姿を眺めながら、アコースティックなサウンドに耳を傾けていると、この世に戻ってくるのが煩わしくなってきます。

 使われている楽器は、エレクトリック、アコースティック両方のギターを始め、グロッケンシュピールや何故かバラライカ、ジョン・フィールドのフルートやトロンボーン、さらにはヴァイオリンなど様々です。歌ではありませんが、声も効果的に使われています。

 すっとした繊細なサウンドですけれども、民族の力を内包した力強さも持ち合わせていて、凛とした佇まいがとても美しいです。こういう作品は、こっそりと愛聴している人が多いと思います。一人静かに耳を傾けたい音楽です。

Faerie Symphony / Tom Newman (1977 Decca)