長い間、このジャケットを撮影したのは、ボウイの「ヒーローズ」と同じ鋤田正義さんだとばかり思っていました。この2枚を並べてみると、まるで怪人同士が戦っているように見えますから、ちょうど二つのアルバムの関係を表わしているようで、さすが鋤田さんと思っとりました。

 正しくはこちらはアンドリュー・ケントという人の作品だそうです。それに時代考証からして、このアルバムの方が発売はわずかに遅れたものの、「ヒーローズ」ではなく、「ロウ」の前に制作されていました。思い込みはいかんですね。

 この作品は元祖パンク、ストゥージーズの狂犬イギー・ポップのソロ・デビュー作です。ストゥージーズはイギーを始め、メンバーのドラッグ問題もあって解散、イギーはドラッグ中毒からの脱却を目指して治療を受けるに至ります。

 そこで登場したのがお友達のデヴィッド・ボウイでした。何かと世話を焼いたボウイは、イギーとセッションを敢行、ついにアルバム制作にあたります。プロデュースはボウイ、ベルリンでの最終ミックスはトニー・ヴィスコンティ、ギターにカルロス・アロマー。ボウイ一家です。

 一曲だけカルロスも加わっていますが、残りはすべてボウイとイギーの共作です。概ね曲はボウイ、詞はイギーらしいですが、逆もあるそうで、二人の仲の良さが際立っています。息がぴったり合わないとなかなか共作は難しいでしょう。

 ボウイのいわゆるベルリン三部作に先立って制作されているわけですが、ものの見事に同三部作を先取りしています。ボウイはイギーに触発されたと思われたくなくて、「ロウ」の後に発売を遅らせたとまで言われています。

 サウンドはもうボウイのあの時期そのものなのですが、イギーの硬質な存在感との邂逅がこういうサウンドを作り上げることになったのだなあと感慨を新たにします。イギーはやはり硬派そのものです。ジャケットそのままのモノクロームな硬質感です。

 邦題は「愚者」なんてなっていますが、原題はドストエフスキーの「白痴」からとられたものです。そんなところにもシベリアを渡る風が吹いています。熱くない。いや、冷たくて熱いんです。ムキ出しのコンクリート、黒い大地、荒涼とした風景です。

 山田順一さんのライナーによれば、「ジェームズ・ブラウンとクラフトワークの邂逅という見方もされ」たとのことです。スーパークールなサウンドです。リズムもはねていない。妙なノリのリズムで、ベルリン三部作に何となく連なっていくサウンドです。

 ジェームズ・ブラウンとされるイギーですが、正反対のベクトルながらエネルギーの位相は同じであろうと思います。あくまで冷ややかでモダンですけれども、エネルギーに満ち満ちている深さを感じます。素晴らしい。

 後にボウイのバージョンがヒットする「チャイナ・ガール」のような曲もありますが、総じてパンク勢にお手本を示したサウンドです。多くのパンク/ニュー・ウェイブ勢がこのサウンドの影響下にあることは一目瞭然です。

The Idiot / Iggy Pop (1977 RCA)