私のジャズ入門は中村とうようさんの著作によるところが大きいものですから、キース・ジャレットは長らくノーマークでした。ロックをばりばりやっていた友人がソロ・ピアノのコンサートに行ってきたと誇らしげに語っていたのにびっくりしたくらいしか接点がありませんでした。

 加えてフリー・ジャズ系が好きだったので、スタンダーズのキース・ジャレットはますます遠い存在でしたが、この作品を聴いてから俄然興味がわくようになりました。鮮烈なジャケットとともに溢れ出てくるロマンチシズムには感動いたしました。

 この作品は1974年10月の録音ですから、キース・ジャレットはまだ30歳になる前です。しかし、彼の場合は神童と呼ばれて10歳になる前からプロのピアニストとして活躍していたそうですし、すでにアート・ブレイキーやマイルス・デイヴィスと共演した後です。

 この頃には、ピアノ・ソロでの活動に加えて、いわゆるアメリカン・カルテットとヨーロピアン・カルテットの二つのバンドを率いて活動していました。ある意味、一つの絶頂期だったとも言えます。

 この作品は、そのアメリカン・カルテットによる傑作です。メンバーは、ベースのチャーリー・ヘイデン、テナー・サックスのデューイ・レッドマン、ドラムスはポール・モチアン。キースのピアノでカルテットです。本作にはパーカッションのギレルミ・フランコがゲスト参加しています。

 A面全部を占めるタイトル曲に加えて、「祈り」と「グレイト・バード」の全3曲です。どれも素晴らしいのですが、何と言ってもタイトル曲でしょう。原題は「死と花」ですけれども、邦題は「生と死の幻想」です。

 勝手な邦題というよりも、アルバムに添えられたキース本人の詩の内容を日本語に翻訳すればこうなるというよく考えられたタイトルです。担当された方の愛を感じます。内容は、まさに私たちの生と死に対する幻想そのものです。

 このテキストをテーマにした曲のようでもありますが、録音後に詩が書かれたようでもあり、どうだかよく分かりません。サウンド自体はさほど詩の内容を皆で共有しているとも思えません。そんなことに関係なく聴くのが正解のようです。

 いろいろ語られるアルバムですが、私は中山康樹さんの批評に得心が行きました。「『くすんだ燃え上がり』こそアメリカン・カルテット最大の個性であり、こういう類の色彩とメラメラ感をもった炎は、このグループ以外で目にすることはできない」。

 まさに「くすんだ燃え上がり」。バンドの一体感が凄いのですけれども、青春まっただ中的な熱い燃え上がりではなく、リリカルであってロマンチックでありながらスリリングでもあり、何とも言えない香気が立ち上ってきます。

 キースのロマン主義時代の傑作ともいわれ、スタンダーズの様式美とは異なる、微かなエキゾチックさも感じます。一音一音が美しいですし、何とも歌心に溢れた作品で、とても大衆的な魅力を感じる作品です。

Death and the Flower / Keith Jarrett (1974 Impulse)