マレーネ・ディートリッヒやグレタ・ガルボを思わせる佇まいの人ですが、ウテ・レンパーは1963年生まれですから、私と同世代の人です。現代に甦った往年の大女優というコンセプトはなかなか面白いものです。

 ドイツ生まれのウテ・レンパーは、舞台に映画に音楽にと幅広く活躍するアーティストです。たとえば、ミュージカルではキャッツの「メモリーズ」を歌うグリザベラ役、ピーターパン、そしてキャバレーのサリー・ボウルズ役などを演じています。

 とりわけ、キャバレーははまり役だったようで、モリエール賞のベスト・アクトレスに輝いています。そんな彼女ですから、レコーディング・アーティストとしてベルリン・キャバレー・ソングを得意とすることは当然といえば当然でしょう。

 歌手としての彼女は、この他にクルト・ワイルやブレヒト、そしてシャンソンなどを歌って定評があります。さらにジャズやタンゴへと芸域は広がっていて、アストル・ピアソラとワールド・ツアーを行うにまで至ります。

 この作品は、彼女の代表作の一つに数えられる「ベルリン・キャバレー・ソング」を歌った作品です。演奏はロバート・ツィーグラー指揮のマトリックス・アンサンブル及びジェフ・コーエンのピアノと記載されています。ロバートはアメリカ人で、現在も活躍中です。

 「ベルリン・キャバレー・ソング」は、デッカのマイケル・ハースによって推進された「頽廃音楽シリーズ」の一作として企画されたものです。同シリーズは、ナチス・ドイツによって弾圧されていた音楽に光を当てることを目的にした野心的な企画です。

 題材がベルリンのキャバレー・ソングに決まった時には、クルト・ワイルを歌ってセンセーションを巻き起こしていたウテに白羽の矢が立てられたのは当然のことでした。ウテは期待に違わぬ見事な歌いっぷりを見せ、本作品を傑作としました。

 楽曲は戦間期のベルリンで花開いたキャバレー文化の中で親しまれたものばかりのようです。ロシア生まれのミーシャ・スポリアンスキーや、フリードリッヒ・ホリアンダーなど、ベルリン・キャバレー文化を支えた作曲家の手による作品ばかりです。

 「すべてペテン」、「私は娼婦」、「上流社会の歌」、「男どもを放り出せ」など、題名だけを追っていても楽曲の雰囲気が分かります。劇場のための小さめのアンサンブルによる演奏は、ジャズの影響を受けた頽廃的な雰囲気が漂っています。

 そこにウテの歌声が載せられるわけですが、とても1996年のこととは思えません。当時の空気がハイファイで甦ったようです。現代的レトロとでもいえばいいのか、奇妙な完成度の高さを誇っています。

 この音楽は、ジャズと西洋音楽が出会ったところに生まれたのでしょうが、かなり普遍的なワールド・ミュージックに連なります。インドや中東、中南米の音楽とも根っこがつながっているように思います。時代を深堀して世界共通の鉱脈を掘り当てたようです。

Berlin Cabaret Songs / Ute Lemper (1996 Decca)