まずはボリュームに圧倒されました。2枚組でも足りずにおまけにEPが付いていました。しかし、スティーヴィーはこのために1000曲作って、700曲録音したと言いますからすごい。30枚組でも出来たわけですね。

 前作から2年が経過していましたから、彼の才能の迸りを考えるとそれくらいはおかしくなかったんでしょう。もう常時新しいメロディーが頭の中で鳴り響いている状態なんでしょうね。才能というのは恐ろしいものです。

 そうして天から授かった才能をきちんと世間にお返ししているスティーヴィーは凄いです。この作品もそんなボリュームにも係わらず、全米チャートは初登場1位となっています。この頃までのスティーヴィーはまさに向かうところ敵なしでした。

 シングル・カットされた「回想」や「愛するデューク」も全米1位となり、「アナザー・スター」や「永遠の誓い」も大いにヒットしました。さらに、「楽園の彼方へ」を元歌にしたクーリオの「ギャングスタズ・パラダイス」が95年の年間チャートで首位となっています。

 さらに凄いのは、このアルバムで最も人気があると思われる曲「可愛いアイシャ」はシングル・カットされていません。全21曲、すべてがヒットしてもおかしくないような充実したアルバムです。いろんなタイプの曲が含まれていて、まさに音楽図鑑です。

 いわゆる三部作との相違は、セシルとマーグレフの不在でしょう。スティーヴィーがシンセの可能性を追及する上で、大きな役割を果たした二人のプログラマーが今回は参加していません。どういう経緯かは知りませんが、このことが音の表情に現れているように思います。

 全体に音がホットになっている気がします。どんなにファンキーであっても、どこかしらクールな表情を持っていたスティーヴィーのサウンドでしたが、ここではストレートに熱いですね。新たな魅力でもあります。

 たまたま今、問題作「ブラック・マン」が鳴っています。エデュテインメント的な楽曲で、さまざまな偉人の名前が歌いこまれています。前のめりなビートに熱がこもっています。この曲は、その熱はそのままに、ズールー語、スペイン語、英語の「歌を唄えば」につながっています。

 スティービーの人類愛の主張は、「可愛いアイシャ」と地続きです。赤ちゃんが産まれた喜びをストレートに歌いあげるこの歌はアルバム中の白眉だといえます。こうした具体的な愛と、人類全体を相手にした抽象的な愛を同列に扱えるのは凡人ではありませんね。

 今作も基本は一人多重録音ですけれども、これまでよりもゲストが大勢参加しています。「マニアック」のマイケル・センベロや、ジョージ・ベンソン、ハービー・ハンコックといった大物から、さほど有名ではないものの腕達者なホーン・セクションなどなど。

 スティーヴィーのキャリアの中でもどっしりと中央に構えている作品であるとともに、ソウル・ミュージックがポピュラー音楽の主流となったことを確認したアルバムでもありました。長尺ではありますが、見事な傑作だと思います。

Songs in the Key of Life / Stevie Wonder (1976 Motown)