何でしょう、この安心感は。スティーヴィーのこの頃の作品を聴くと、何だかほっとします。ポップ・ミュージックの王道中の王道だからでしょうか。若い人には、あまりに教科書的に感じられるかもしれませんが、これが教科書なんですから仕方ありません。

 同じスーパースターでもスティーヴィーはビートルズやストーンズと性格が違う気がします。スティーヴィーの作品は後のアーティストによって文字通り教科書として学ばれたのではないかと思います。だから教科書的に聴こえてしまう。ポップ・ミュージックの土台になっています。

 この作品はいわゆる3部作の2枚目にあたり、大ヒットもしましたし、黒人音楽に冷たかったグラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞しています。スティーヴィーの最高傑作にあげる人も多い名作です。ピーター・バラカンさんもその一人です。

 スティーヴィー・ワンダーは1971年から、当時のモータウンとしては異例の扱いを受けていました。すなわち、制作会社と出版会社を自ら立ち上げて、自分自身の手に創作上の自由を取り戻し、発売権のみをモータウンに委ねる形にしています。

 そうしてスティーヴィーが、シンセのプログラミングをできる二人、マルコム・セシルとロバート・マーグレフの手を借りて、作り上げたのが、前作であり、今作です。まだ若干習作っぽかった前作に比べますと、格段に手馴れた感じになってきました。素晴らしいです。

 繰り返しになりますが、今の人には教科書的に聴こえるでしょう。しかし、当時、こんなサウンドはありませんでした。とても新鮮に聞こえたものです。特にシンセサイザーはまだ本格的に普及する前でした。スティーヴィーが一人で開拓したといっても過言ではない王道です。

 この作品では、当時の流行りかもしれませんが、社会派的なテーマをとりあげています。その分、歌詞は重いのですが、そんなことは当時中学生の私にはあまり関係なく、純粋に聴いたことがないサウンドに聞き惚れておりました。

 といっても当時はお小遣いもありませんから、「くよくよするなよ」のシングル盤を持っていただけでした。このラテン音楽を取り入れたファンキーな曲は、スティーヴィーの自在なボーカルも素晴らしく、何度も何度も繰り返し聴いたものです。今聴いても新鮮に響きます。

 一番の問題作は「汚れた街」でしょう。バラカンさんが「スティーヴィの作品の中でも最もソウルフルな名曲」だと指摘する曲で、「シンセサイザーを演奏してこんな風に本当のソウルを感じさせることができる人は多くありません」。効果音の使い方も秀逸です。

 他にもシングル・カットされて全米トップ10ヒットとなった「ハイアー・グラウンド」などもありますし、アルバムの他の曲も捨て曲などは全くなく、すべてが完璧な形に仕上がっています。当時のスティーヴィーは無敵でしたね。

 何ともポップでファンキー、アレンジも斬新でしたし、歌は上手い。この頃のスティーヴィーの馬力には頭が下がります。天才の名をほしいままにするスティーヴィーですが、この頃が絶頂だったと考える人は多いはず。私もその一人です。

(引用は「魂のゆくえ」ピーター・バラカン著から)

Innervisions / Stevie Wonder (1973 Motown)