やっつけ仕事のジャケットですけれども、中身は本物です。ワーナーのインスピレーション・シリーズはクラシック愛好家に向けられた廉価版のシリーズです。ベスト盤として編まれていますので、主に私のような初心者向けということでしょう。

 アルヴォ・ペルトさんはバルト三国の一つエストニア出身の作曲家です。生まれは1935年ですから戦前です。バルト三国はロシアとの関係で大変な苦難の歴史を経ていますが、ペルトさんの人生はもろにその苦難に重なっています。

 ペルトさんの作品が広く知られるようになったのは、ECMレーベルから発表された「タブラ・ラサ」という作品でした。ペルトさんの芸術を極めるための旅路の果てに辿り着いたティンティナブリ様式と自ら名付けたスタイルによる作品でした。

 ティンティナブリは鈴声とか鐘鳴りなどと訳されます。この様式は70年代に確立したそうで、その後の彼の作品はおおむねこの様式ということになるようです。グレゴリオ聖歌やルネッサンス期の古楽に影響された宗教的な音楽様式です。

 このアルバムには、彼の代表曲が並んでいます。順番に行きますと、「スンマ(合唱のための)」、「7つのマニフィカト交唱」、「フラトレス」、「フェスティーナ・レンテ」、「鏡の中の鏡」、「マニフィカト」、「至福」、「カントゥス-ベンジャミン・ブリテンの思い出に」です。

 このうち代表曲中の代表曲「フラトレス」及び「スンマ」は楽器違いで2回収録です。「フラトレス」はダニエル・ホープさんの「スフィアーズ」でも演奏されていました。ここではヴァイオリンとピアノのヴァージョンとオーケストラ・ヴァージョンが収められています。

 ペルトさんはロシア正教に深く帰依したということで、その心意気は音楽を通じて伝わってきます。西洋クラシック音楽でも古典派やロマン派などとは随分と異なる音の風景が美しいです。シンプルな音の響きが延々と連なるそのサウンドは祈りをもたらすと言われます。

 簡素なパターンを繰り返すことから、しばしばミニマル・ミュージックとも称されるわけですが、一般にミニマルから想像される躍動感あふれるリズミックなパターンではありませんから、少し誤解を与えてしまうかもしれません。

 そのサウンドは静謐にして力強い響きに満ちています。ロシア正教会の過度な装飾を排した重厚な簡素さを思わせます。グルジアで出会った長老たちのチャントを思い出しました。同じキリスト教でも原始キリスト教の響きです。

 演奏は、ヴァサーリ・シンガーズ、タスミン・リトル(ヴァイオリン)、マーティン・ロスコー(ピアノ)、リチャード・スタッド指揮、ボーンマス・シンフォニエッタ、ケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団、パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア国立交響楽団とあまり脈絡はありません。

 しかし、ペルトさんの作品を愛おしむ様子がよく分かる演奏です。「プリズムの光」と自らの作品を解説するペルトさんです。アンビエントな世界に降り注ぐその光を浴びながら、身も心も浄化されていくようです。恐らく演奏している人々も。

Fratres : Best of Arvo Part / Arvo Part (2014 Warner Classics)