デヴィッド・キャシディさんをご存じでしょうか。アメリカの往年の少年アイドルです。ミック・ロンソンさんはソロでデビューする際、レコード会社側には次世代デヴィッド・キャシディだと思われていたということです。このジャケットに片鱗が見えますね。

 あまりに意外だったので、そんなエピソードを冒頭に書いてしまいましたが、もちろんミックはそんな軟なアイドルではありません。ソロ・アルバムこそ生前には2枚しか発表していませんが、ミックは70年代ロック史に名を残す立派なミュージシャンです。

 彼のことを語る時には、デヴィッド・ボウイさんやルー・リードさんとの共同作業を持ち出すことが定番になっています。ボウイの「ジギー・スターダスト」、ルーの「ワイルド・サイドを歩け」など、両者のグラム・ロックとしての全盛期にミックが寄り添っているのです。

 イエロー・モンキーの吉井和哉さんは、グラム・ロックの周波数は実はミック・ロンソンさんのものであった、とライナーに書かれています。確かに、ボウイにしてもルーにしても、この時期の作品は彼ら史の中でも独特です。ミック入りかミック無しかで空気が違います。

 この作品は、ボウイと共に行動していたスパイダーズ・フロム・マースのメンバー二人、ザッパ・バンドでおなじみのエインズレー・ダンバーさんにミックを加えた四人を中心に制作されたミックのデビュー・ソロ・アルバムです。

 いきなりキング・エルビスの「ラヴ・ミー・テンダー」で始まります。このヘロヘロのカバーが鳴りだした瞬間、グラム・ロックの空気が濃密にスピーカーから流れてまいります。再び吉井さんの言葉を借りると、「快楽ノスタルジー万華鏡」が始まるわけです。

 グラム・ロックを知らない若い人には、これがグラム・ロックの定義だと覚えてもらってもよいのではないかと思います。グラムと言えば、グラマラス、フロントマンの花ばかりが目立ちますが、音楽的にはこういうことなんです。

 楽曲は全部で8曲で、ミックのオリジナルは3曲のみ。ボウイが絡んだ楽曲が3曲あります。カバー曲選曲のセンスが面白いです。エルヴィス、イタリアのカンタトゥーレ、ルーチョ・バティスティ、ジャズ・ロックの鬼才アネット・ピーコック、そしてバレエ音楽であるタイトル曲です。

 カバー曲に普通のロックはありません。もちろん「ラヴ・ミー・テンダー」はキングの作品ですし、バレエと言いましたが「十番街の殺人」はベンチャーズで有名になった曲ですから、変ではありませんが、この時代、あえてこういう曲を選ぶ人はいませんでした。

 そうしたセンスは、オリジナルにも現れています。ストレートなロック・チューンなんですけれども、どこか乾いた哀愁が漂っていて、それは一筋縄ではいきません。宝石の涙を流すジャケット写真そのままです。

 聴き込めば聴き込むほどにずぶずぶとはまっていく類の音楽です。長らく幻のアルバム扱いをされていましたから、持っていた人はそれはもう大事に聴いていらっしゃったことでしょう。ひっそりと聴いていたいアルバムです。

Slaughter On 10th Avenue / Mick Ronson (1974 RCA)