何と言っても話題は「手をとりあって」でした。アルバムの最後を飾るブライアン作のこの曲は、「日本の友だちに感謝を込めて」とクレジットされています。そしてサビの部分は日本語で歌われています。

 日本語部分は、クイーン来日時に通訳を務めていた鯨岡ちかさんが訳されたそうですけれども、これ、本当に名訳です。初めて聴いた時からそう思っていましたが、英語を勉強すればするほど、この訳詩の素晴らしさが身に沁みて来ます。英詩を超えています。

 東日本大震災の後、この曲へのリクエストが随分増えたということです。曲も美しいですし、歌詞の内容も状況に合っています。そういう聴かれ方をするのも、クイーンの特徴ではないかと思います。クイーンの曲は時代から超然としているところがあります。

 このアルバムは、前作「オペラ座の夜」とは白と黒の違いはあるものの似たようなジャケットですし、タイトルの「華麗なるレース」も同じくマルクス兄弟の映画からとられていますから、この二枚の作品はペアで捉えられがちです。

 しかし、両者から受ける手触りは随分と違います。前作までのクイーン・サウンドを支えたプロデューサーのロイ・トーマス・ベイカーさんが去り、セルフ・プロデュースになったことも大きいのかなと思いますが、こちらは前作に比べるとネイキッドな感じがします。

 過剰なまでの演出がここではやや後退し、より直截なロック・サウンドになっています。もちろんギターとボーカルのオーケストレーションは健在なのですが、前作ほどの過剰感はありません。裸の音に近いです。あくまでクイーン基準ですが。

 分厚いボーカルやギター・サウンドに隠れていますが、クイーンのリズム・セクションは少し変です。ブライアンは、デビュー当時、レッド・ツェッペリンやザ・フーに自分たちをなぞらえていましたが、両者のリズム隊はたとえばそれだけ取り出してもさまになります。

 しかし、ロジャーとジョンの二人のリズム隊は、何か変です。下手だと言っているのではありません。ふと裸でこのリズムが放り出されると、えっ、と思うんですね。音も少し妙です。普通のハード・ロックとは違います。

 というわけで、絢爛豪華なクイーン・サウンドの秘密を垣間見るような気になるアルバムです。いろんな曲調の曲があるのは前作や前々作同様ですけれども、裸なだけに比較的音の質感が似ています。そこが面白いところです。

 アルバムの白眉は「愛にすべてを」でしょう。モテない男のことをここまでゴスペル調に歌い上げるところは凄いです。追悼コンサートでジョージ・マイケルさんが完璧に歌いこなしていましたが、やはりフレディーの切実さにはかないませんでした。いい歌です。

 ブライアンのギターはこれまでよりも普通のギター音に近く、曲調も気持ちよくハード・ロックしています。一方、ロジャーの曲は実験的ですが、ジョンとフレディーはいつも通り。スーパースターの自覚のもとにつくられた軽めの作品でしょう。

A Day At The Races / Queen (1976 EMI)