「炎のランナー」は美しい映画でした。ただ、オリンピックの100メートル走が題材になっていますけれども、そこがどうにも現実感に乏しい。史実に基づいてはいるのですが、黒人選手なしの100メートルはもはやローカル大会のように思えてしまいます。

 難癖はそれくらいにして、このサウンドトラックに話を移しましょう。これは全米チャートの首位に輝いた人気盤です。ついでにアルバム中では「タイトルズ」と題されたテーマ曲が「炎のランナー」としてシングル・カットされ、これも全米チャートを制しました。

 アメリカのチャートは時々こういうことが起こるから面白いです。日本でも坂本龍一さんの「エナジー・フロー」が1位になったことを思い出します。また、英国でもチャート・アクションは凄くて、こちらは二年近くランクインするという長さで勝負です。

 宣伝文句をそのまま引用すると、「ヴァンゲリスの名を一躍世界に広めた英国映画のベストセラー・サウンドトラック!浜辺を走るスローモーション映像に、格調高いシンセサイザー・サウンドが重なるシーンは、永遠に美しく感動的」です。

 確かにシンセサイザーには違いありませんけれども、この印象的なメロディーの中心はピアノでしょう。しかし、シンセだと言われるんですね。思い起こせば、この頃はまだシンセが珍しかったんです。

 語弊があるかもしれません。シンセそのものは普及していましたが、シンセをメインにしたインスト作品はまだまだ一般的ではありませんでした。特に音楽にこだわりのない人々にとっては新しかったということなんです。

 ヴァンゲリスさんは、この作品で一躍有名になりました。ロンドン五輪の時の聖火リレーにもこの曲で登場するイベントがありました。完全にスタンダードになったわけです。ついでにシンセによるインストもこの作品から大いに普及しました。

 これまでのヴァンゲリス作品に位置づけるとすると、一連のサントラ系の系譜にそのまんま連なります。この人はサントラになると、しっかりと映像と向き合うそうですから、妙な実験に手を染めません。正面から自らの持つメロディー・センスを生かした曲となっています。

 やはり「タイトルズ」は素晴らしいですね。この曲がなると走りたくなる人はそれこそ数多いでしょう。しかし、スローモーションなんですよね。決して走っている時に鳴らしてはいけません。タイムが出ない。

 なお、このCDには、ブレイクの詩によるイングランド人の心の歌「エルサレム」も収録されています。これはヴァンゲリスさんの手によるものではありません。EL&Pの「恐怖の頭脳改革」にもありましたね。イングランドと言えば「エルサレム」。

 ことほど左様に英国的です。ロンドンのヴァンゲリスさんのスタジオで制作された作品ですが、空気感は昔のイングランドです。映像が出来てから曲を作るというヴァンゲリスさんならではの作品です。

Chariots of Fire / Vangelis (1981 Polydor)