アンカナーン・クンチャイさんは1956年にタイはイサーン地方の都市ウボン・ラーチャタニー近郊で生まれました。タイでは大歌手として知られているそうで、2014年には来日公演も行われています。

 この作品は、帯の煽りをそのまま引用しますと、「タイの大歌手、アンカナーン・クンチャイを代表する不朽の名曲『イサーン・ラム・プルーン』収録のデビュー・アルバム。時代を切り開いた新音楽『ルークトウン・イサーン』の幕開けを告げたタイ音楽史に残る名盤」です。

 「イサーン・ラム・プルーン」は1972年ですから、クンチャイさん16歳の頃の歌唱です。クンチャイさんは小さい頃からルーク・トゥンやモーラムを聴いて育ち、10歳の頃からモーラムを習い始めたとのことです。それからわずか6年で不朽の名曲をものしたわけですから凄いです。

 モーラムは、主として声楽の形式をとりますが、ビンとケーンという独特の楽器によっても特徴づけられるとのことです。徒弟制度によって修行を積むのが普通で、彼女の場合は、チャウィーワン・ダムヌーン師匠に師事しています。

 68年に、スカウトされてウボンパタナー劇団に入ると、めきめきと頭角を現し、72年に映画「ブア・ランプー」の主題歌として、タイ音楽史にその名を刻むルークトゥン・モーラム生みの親の名プロデューサー、スリン・バクシリさんのプロデュースで作られた「イサーン・ラム・プルーン」を歌い、これが大ヒットになったということです。

 ルーク・トゥンというのがタイのメインストリームとなる大衆歌謡で、「語りの達人」という意味を持つモーラムというのが、伝統芸能のようです。演歌と民謡のような関係でしょうか。ルーク・クルンという都市の音楽もありますが、このあたりは達人解説に譲りたいです。

 また、ライナーによれば。ラムというのは、「形態や様式を指し示し、それぞれのラムはリズム、ダンスの型、意味合いと歴史で区別され、50種類を越える」ものが存在しており、このアルバムにはさまざまなラムが収録されています。インド音楽のラーガのようですね。

 モーラムは何百年の伝統を持っており、そのラムに従って、歌手が即興を行っていくということです。クンチャイさんはプロデューサーのスリンさんと共同作業を行っていて、クンチャイさんが歌唱と歌詞を提供し、スリンさんが音楽と編曲に携わっています。

 そこまで頭に入れておいて、このアルバムを聴きますと、とにかくボーカルが凄いことは分かります。ハスキーなかすれ声なんですけれども、生まれつきというよりも、喉の奥で抑揚をつけていく技法なんでしょう。とても美しい歌のスタイルです。

 演奏は、とてもシンプルかつストレートな伝統芸能スタイルです。ゆったりとしたビートがタイの田舎を感じさせます。アフリカの民族音楽を思わせる節回しもあり、普遍的な世界を感じますが、やはりアジア的ですね。

 それにしても美しい歌唱です。キラキラというよりも、土性骨の座った力強い歌唱であって、天に抜けていくような高揚感と地を這うしたたかさが同居しています。

イサーン・ラム・プルーン / アンカナーン・クンチャイ (1975 em)