マネキンの耳の部分をアップにしたジャケットと「ビューボーグ」のタイトルを合わせると、いかにも近未来的な世界が広がります。しかし、片山伸さんがライナーで書かれている通り、本作品のタイトルは「ビューボーグ」ではなく、「ボーブール」と読みます。

 パリにあるボーブール地区はかつてヴァンゲリスさんが住んでいたところです。そしてこの地区にはパリに芸術の都を復活させるべく、ポンピドー大統領の肝いりで建てられた複合施設ポンピドー・センターがあります。

 そして、この作品は、ヴァンゲリスさんがポンピドー・センターに霊感を得て制作されたというのが定説になっています。建築になのか、美術品になのか、全体になのかは判然としませんが、この音を聴くと、どうやら建築にインスパイアされたのではないでしょうか。

 ヴァンゲリス作品の中では、最も近寄りがたい作品だとされています。リズムやメロディーがくっきりしていないからでしょう。前作までとはかなり表情が違います。全編、これシンセサイザーによる即興演奏だと言われています。

 私は機材に詳しくありませんので、よく分かりませんが、この作品を巡って、アナログ・シンセやリング・モデュレーターをどのように使っているのか、わいわい楽しそうに議論されているのを見ているのは面白いものです。

 宇宙や道教や地球を論じるよりも、音楽らしくていいですね。ともすればシンセによる電子音楽は宗教色を帯びてしまう危険があります。深読みを続けていくと、どんどん盛り上がっていって、一音一音に意味を見出すまでになってしまいかねません。

 しかし、この作品、さほど近寄りがたいわけではありません。確かに、ドラムやシークエンサーによるリズム・パターンが現れているわけではありませんし、主旋律があるわけではありません。しかし、神経を逆なでするような音の並びになっているわけでもありませんし、音は全体に綺麗な音が響いています。クラブ系電子音楽としては分かりやすい方です。

 この作品もちゃんとニュー・エイジの発信源となったウィンダム・ヒルから再発されていて、特に違和感があるわけではありません。ニュー・エイジ作品と捉えても全くおかしくはない作品なんです。ヴァンゲリス作品の中では相対的に難解ということなのでしょうね。

 ところで、冒頭に戻りますが、「ビューボーグ」は幸せな誤読です。見開きジャケットの内側にはマネキン人形のバスト・アップ写真があるので、「これがビューボーグか」と思い込んでもおかしくはありません。

 その誤解のまま、この作品を聴き通すと、また違う表情になるところが面白いです。後にヴァンゲリスの最も有名な作品の一つとなる「ブレードランナー」に近い。近未来を描いた映画のサントラ的に聞こえます。

 シンセによるインスト作品の楽しみ方にはさまざまな形があるという格好の見本です。とても絵画的な作品ならばこその醍醐味かもしれません。

Beaubourg / Vangelis (1978 RCA)