ケヴィン・エアーズさんはバナナ大好きな人だと以前紹介しました。一見、バナナと関係ないこの作品ですけれども、実はバナナが隠れています。タイトルがそれです。これは、戦前のノヴェルティー・ソングの「イエス・ウィ・ハヴ・ノー・バナナス」のもじりなんです。

 さらに言えば、この作品の一曲「ミスター・クール」でも、♪バナナ、バナナ、バナナ♪と連呼しています。どこまでもバナナ好きな人です。考えてみれば、バナナだからいいですね。他の果物ではなかなかここまで脱力できません。

 この作品はケヴィン・エアーズさんが、プロモーション戦略が変だったアイランドを離れて、古巣のハーヴェストに戻って初めての作品です。ジャケットは一見プログレ風に戻ったかのようですが、窓に映る写真が旅の絵葉書然としているので何か変です。

 今回は、盟友オリー・ハルソールがボクサーというバンドを組んで活動を始めたために、全面的に参加しているものの、共同プロデュースとはいきませんでした。その代わりにプロデュースを担当しているのは、スティーヴ・ウィンウッドのお兄さんマフ・ウィンウッドさんです。

 集められたバンドは、オリーに加えて、テイスト、ファミリー、スリム・チャンスという当時のブリティッシュ・ロック界の渋いバンド経験者が中心です。小山哲人さんがライナーで「ブリティッシュ・ロック中堅オールスターズ」と書かれています。言い得て妙ですねえ。全くその通り。

 楽曲群はかなりポップ仕様です。アメリカには多いですけれども、あまりブリティッシュ・ロックにこういうシンガー・ソングライターは見当たりません。強いて言えばエルヴィス・コステロさんでしょうか。

 中堅オールスターズの演奏は、さすがにブリティッシュ・ロックの底力を見せつける素晴らしいもので、ケヴィンも溌剌と低い声で歌っています。曲調は相変わらず多様性に富んでいますけれども、全体を覆うストレートなポップさが楽しいです。

 楽曲の中ではマレーネ・ディートリッヒ主演の「嘆きの天使」の主題歌をボサノヴァ風にアレンジした「フォーリン・イン・ラヴ・アゲイン」や、デヴィッド・ベッドフォードさんのアレンジが聴かせる「ブルー」、英国一のスティール・ギター奏者BJコールさんをフィーチャーした曲やピアノの弾き語りなど注目ポイントは数多いです。

 普通にいいアルバムですけれども、時代はパンク勃興期。ケヴィンのようなバックグラウンドを持つミュージシャンはオールド・ウェイブとばっさり切って落とされる風潮が高まっていました。やがて人々は冷静になるわけですが、短期的にはどうしようもありません。

 私もこの当時のケヴィンにはあまり注意を払っていませんでした。今聴くと、このポップさがたまらなく愛おしいわけですが、恐らく当時リアルタイムで聴いていたら、何だかもどかしく感じたかもしれません。

 「マニャーナ」はスペイン語で「明日」。俺たちに明日はないと題したケヴィンさんの気持ちや如何。良いアルバムですけれども、時期が悪かったかもしれません。

Yes We Have No Mananas / Kevin Ayers (1976 Harvest)