バナナ王子ケヴィン・エアーズさんは、渾身のバナナ作品がさほど売れなかったことに随分と落胆されたようです。そこで、ハーヴェスト・レーベルから離れて、当時はインディペンデントだったアイランド・レコードに移籍することになりました。

 アイランドも当時はインディーズなら、この作品のプロデューサーとなるルパート・ハインさんも、後にティナ・ターナーのプロデュースまでしますが、当時はまだ新人です。さらにペンギン・カフェのサイモン・ジェフス、「ノッティングヒルの恋人」の映画音楽を担当するトレヴァー・ジョーンズ、などなど、後に有名になるけれども当時は無名だった人が多く参加しています。

 そこから分かる通り、ケヴィンのまわりには才能に溢れた若い人が集まっていたんですね。憧れ度がいや増しに増します。つけ加えると、この後、ケヴィンと長らく音楽パートナーとなるオリー・ハルソールもここで登場します。この二人の友情も素敵な話です。

 このアルバムの評価は二通りに分かれます。ルパート・ハインさんはこの作品を大そうお気に入りです。ルパートが連れてきたキャラバンのジョン・G・ペリーと、オリジナル・クリムゾンのマイケル・ジャイルスによる強力なリズム・セクション、ニコやソフト・マシーンのマイク・ラトリッジ、そして当時有名になっていたマイク・オールドフィールドなどのゲスト陣を迎えたアルバムを自分のプロデュースした作品ベスト10に自らノミネートしています。

 一方、ケヴィンの方は、鬼形智さんのライナーによれば、「僕とプロデューサーの間には大きな隔たりがあった」として、「愛情を持って制作に臨むことが出来なかった。部分的には良いところもあるけど、全体は期待通りにはならなかった」と語っています。

 この両者の評価はどちらもよく分かります。これまでに比べると、リズム・セクションはしっかりとタイトになっていて、隙がありません。メリハリがあります。そして、全体にアレンジがゴージャズです。そして、これまでよりもコマーシャルな方向でタイトなプロダクションです。

 そこを良しとするかどうかで、評価が分かれるところです。もっとシンプルに緩い感じでケヴィンの歌を楽しみたいと考えると、ちょっと違うかなという気もしてくるわけです。アヴァンギャルドでしたけれども、隙だらけのサウンドでしたから。

 どちらとも決めがたいので、これはこれで楽しみましょう。曲は相変わらず素敵な曲ばかりです。中でもB面のほとんどを占める組曲「夢博士の告白」はプログレッシブな大作です。再びライナーを引用すると「大曲を作るつもりだったが思うようにいかず、曲の断片をくっつけただけになってしまった」そうですが、まあそれもご愛嬌です。

 ライブの定番となったのは、「往きはよいよい帰りは怖いのバラード」です。これはソフト・マシーンの「ホワイ・アー・ウィ・スリーピング?」のリメイクで、静と動が繰り返すライブ映えする楽曲です。ライブで聴いたこの曲はとても素敵でした。

 当時、アイランドはケヴィンを「デカダンの貴公子」に仕立てあげようとしていた模様です。この自由人に何をさせるのかと思いますが、当時はケヴィンも若かったですし、プログレの人でしたから、やはりそういう発想になってしまったんでしょうね。

The Confessions of Dr. Dream and Other Stories / Kevin Ayers (1974 Island)