今回のジャケットはイギリスの田舎の光景のようです。卵から赤ちゃんが孵っているというシュールな絵柄で、人を喰ったようなユーモアが感じられます。この世界観はマザーグースのそれでしょう。あるいはモンティ・パイソンでしょうか。

 ケヴィン・エアーズさんのボヘミアンっぷりは、新大陸的ではなくてとても英国的なものを感じますけれども、その音楽も少なくともこの頃までは極めて英国的です。地中海の海と太陽に憧れる英国人という佇まいです。

 この作品は多くの人がケヴィンの最高傑作だと考えるアルバムです。ホール・ワールドは解散してしまいましたが、デヴィッド・ベッドフォードさんとマイク・オールドフィールドさんが全面的に参加して、前作よりもレイド・バックした作品になっています。

 制作はホールワールドが解散する前に始まっていました。最初に録られたのは、フル・オーケストラをフィーチャーした「ゼア・イズ・ラヴィング」で、もちろんデヴィッド・ベッドフォードさんによる素晴らしいオーケストレーションが光っています。

 その後、デヴィッド、マイク、さらにはケヴィンと並ぶカンタベリーのボヘミアン、デヴィッド・アレンのゴングにいたディディエ・マレーブ他のセッション・ミュージシャンを加えて、4か月にも及ぶレコーディングが行われています。

 アルバムは、最初に制作された「ゼア・イズ・ラヴィング~アマング・アス~ゼア・イズ・ラヴィング」から始まります。この曲のイントロあたりは、まるで現代音楽風で、これから始まるアルバムのトーンを決めるのかと思われます。

 ところが、次にくる「マーガレット」と「オー・マイ」がサウンドには工夫が凝らされていて、素晴らしいのですけれども、ケヴィンの力の抜けた、しかし人生の深みを感じさせるボーカルを中心にしたシンガーソングライター的な楽曲となっています。

 そして、A面は不安をそのまま音にしたような「ソング・フロム・ザ・ボトム・オブ・ア・ウェル」で終わります。アヴァンギャルドがフォーク調の楽曲を挟む構造がいいです。ちなみに、この曲では、マイクの歪んだギター・ソロが大活躍していて、これまた素晴らしい。

 B面は、表題曲の「彼女のすべてを歌に」から始まります。この曲は本当に美しい。ケヴィンのボーカルには、ロバート・ワイアットの高音コーラスが伴っていて、この上ない効果をあげています。とてももの悲しい歌なんですけれども、深みがあって根は明るいんですね。

 その後は、ヒットはしませんでしたが、キャッチーな楽しい曲「ブルー・スエード・シューズの異邦人」が来て、再びマイクのギターが冴える、酒に酔っているかのような「シャンペン・カウボーイ・ブルース」、最後にインストの「ララバイ」で終わります。

 あっという間の美しい音楽体験です。最後はレコードでは水の音が無限ループになっていましたから、静々と余韻に浸ることができました。アルバムとしてのまとまりが半端ない大傑作です。

Whatevershebringswesing / Kevin Ayers (1972 Harvest)