ホルガー・シューカイさんは、当時、一部にホルガーおじさんとして親しまれていました。ジャケットに写る顔は精悍ですが、正面から撮った写真では額が広くて愛嬌のあるヨーロッパのおじさんです。

 これは紙ジャケによる再発盤ですが、何とブロマイドがおまけについています。人気のほどが分かるというものです。実際、ポスト・パンクの時代にはホルガーさんはかなり尊敬されていて、至るところに顔を出しています。

 この作品はホルガーおじさんの2枚目のソロ・アルバムです。一枚目は10年以上前、カンのデビュー当時ですから、この作品が実質的にソロ・キャリアを始めた第一号ということになります。

 タイトルは「ムーヴィーズ」とついていますけれども、邦題は作品中の一曲を使って「ペルシャン・ラヴ」でした。それは、この曲が、スネークマン・ショーのアルバムに収録されたり、サントリーのCMに使われたりして、日本では知られた曲になっていたからです。

 ライナーノーツで本人が語るところによりますと、この作品は、映画館に行く体験を思い出させるということで、「未来の映画のための、無意識の映画のためのサウンドトラック」です。「テレビで昔のハリウッド映画を見ながら演奏したダブルベースの録音」から始まったということですから、視覚的なイメージと音の相互作用が最初から意識されていたのでしょう。

 そして、「ひとつのギター・トラックを使って全体構造が完成するまで作業を続け」ると、後は一気呵成に音が舞い降りてきた模様です。こう書くと、まるで霊感を得て一気に演奏したかのように思えますが、この人の場合は緻密な編集作業こそがその命です。

 同じくライナーで後藤義孝さんが披露するところによると、現在コンピューター・ソフトで行っている編集作業と同じ作業をすべて手動でやっていたということです。カット・アンド・ペーストなどはまさにテープの切り貼りです。

 「ペルシャン・ラヴ」では、イランの歌手の歌声がサンプリングされています。「演奏の録音が総て終わり、歌手を探していた時に、短波ラジオのスイッチを入れ」るとこの曲が流れてきて、録音したら、もうほとんど曲が完成していた、という奇跡のベスト・マッチです。

 何とも凄い話です。この曲に象徴されるように、アルバムは全てが緻密な編集作業によって出来ています。しかもユーモアに溢れていて、決して堅苦しくありません。ふわふわ漂うようなギターの音を中心に、音が重ねられていて、見事に美しいです。

 短波ラジオから録られたさまざまな音像や、カンのメンバー、特にヤキ・リーヴェツァイトのパーカッションが効果的に使われていて、今聴いても色あせてはいませんが、当時は恐ろしく新鮮に思えたものです。

 そして、何とも軽い。この軽みが何とも言えず素敵なんです。やっぱりホルガーおじさんなんです。

Movies / Holger Czukay (1979 EMI)