スロウ・モーションとフロウ・モーション。掛け言葉になっています。流体の動きですから、サラサラしていればスロウではありませんが、ネバネバしていればスロウになります。この作品ではフワフワしています。あっ、気体ですか。失礼しました。

 この作品を彼らの最高傑作に推す声もあります。オリジナル・メンバーの4人だけからなるアルバムは一旦これが最後になってしまいましたから、最後のカンらしいアルバムではあります。私は必ずしも最高傑作だとは思いませんが、愛おしいアルバムだと思います。

 まさかの全英トップ10ヒットが生まれました。この作品の冒頭におかれた「アイ・ウォント・モア」がそれです。トップ・オブ・ザ・ポップスにも出演したということです。フワフワしたボーカルがカッコいい曲です。

 この曲に限らず、全7曲がいずれもとてもユーモラスで心が軽くなります。カンのアルバム史上で最も楽しいアルバムと言っていいでしょう。前作でポップな方向に歩を進めましたが、その前の作品のアンビエント的な空気もここで合体しています。

 今回も一曲似非民族音楽シリーズと銘打たれた曲が収録されています。たしかに、この曲はかなりアフリカっぽい呪術的なドラミングの曲で、アルバムでは異彩を放っています。しかし、そう似非民族音楽と命名されていなくても、特にレゲエのリズムが顕著な曲も多く、もはやあまり命名に意味がなくなってきているようです。

 ジャケットがまた素晴らしいです。草むらの写真と女性が立っている姿が重ね合わされていて、何も流れているわけではありませんが、いかにもフロウ・モーションなイメージになっています。また、女性はアフロ・ヘアですから、恐らくアフリカン。ブルーの色合いのミスマッチが似非民族音楽の味わいを醸しています。

 さらに裏ジャケには再び易経の卦が書かれています。八卦で言うと水が三つに風が一つ。六十四卦でいくと、坎為水と風水渙。「一難去ってまた一難」と「晴れたり曇ったり」と出ています。結構シリアスな卦ですね。何の意味があるのでしょうか。

 話はそれましたけれども、この作品のサウンドは、とても不思議です。特にミヒャエルさんのギターの音色が面白いです。76年当時としても随分年代ものな音色です。もう少しエコーをかけるとボストンになるような場面もありますが、全体に60年代の香りが濃厚です。

 それが古臭いというわけではありません。全体に浮遊するようなフワフワしたサウンドは決して時代遅れではありませんが、どこか60年代の香りが残ります。それでいて妙に新しいサウンドです。他にはこういう音は思い浮かびません。

 飄々としたユーモラスなずるずるの楽曲ばかりのA面を終えると、とてもポップですがタイトな「バビロニアン・パール」が始まります。私はこの曲が一番好きです。カッコいいですもん。続いて似非民族音楽の曲で、最後は10分のタイトル曲。カンはポップなだけではないぞと主張しています。後期カンとしてある意味で完成をみたサウンドです。そして、この流れはホルガー・シューカイさんのソロに受け継がれていきます。

Flow Motion / Can (1976 Virgin)