ジャケットの下の方に小さく記号が入っています。これは易卦ではないでしょうか。56と読めます。CANの文字の下の記号も何やら意味ありげです。トリトンの銛でしょうか。何か西洋神話の記号っぽいです。シンプルなジャケットながら奥が深いです。

 カンは、この頃、「スプーン」の大ヒットで得たお金で新しくツアー・バンを買い、あちらこちらでライブを開いて、ライブ・バンドとしても定評を確立していました。昔はほとんど映像を見る機会はありませんでしたが、今ではかなり当時の映像も出回っています。

 この作品を制作していた時には、ケルンにはうららかな夏の空気が漂っていたようです。それまでの呪術的で原始的な混沌に満ちた音楽から、アンビエント的な軽やかな空気感が漂うサウンドに変化してきています。

 アルバムにはA面に3曲、B面に1曲と相変わらず曲数は少なくて、大作志向となっています。編集の仕方次第で長さはどうにでもなる人たちですから、短くするインセンティブがさほど働かないのでしょうね。浸って聴くには短いのはどうも具合が悪いですしね。

 A面の冒頭におかれたタイトル曲からして、アンビエントな空気が漂っています。どこか遠くで鳴っている音を背景に、さしたる盛り上がりもなく、淡々と曲が進んでいきます。ダモさんのボーカルも囁くようです。まるで泡のよう。ヤキさんのリズムも少々ラテンっぽい。

 続く「スプレイ」は、比較的リズムがはっきりしているものの、カンの一つの特徴でもあるアヴァンギャルドな音響彫刻とも言える曲です。有機体としてのカンの面目躍如たるものがあります。とても気持ちよさそうな演奏です。ミヒャエルのラテン・ギターがちょっと入るところも面白いです。

 最後に「ムーンシェイク」というどんどこリズムの初期カン的な暗黒ポップな曲が置いてあります。ライナーでは「地中海ファンク」と称されています。こう見てくると、A面はこれまでのカンの歩みを凝縮したようにも思えます。ある意味でファン・サービスでしょうか。

 そうしておいて、アルバムの白眉であるところのB面全体を占める「ベル・エアー」に移ります。この曲は別々の機会に録音された3つの部分を繋ぎ合わせて出来上がった曲だということですけれども、全体を通して霞がかかったようなアンビエントな空気は見事な統一感です。盛り上がるパートもどこか遠い雰囲気なんです。

 当時、カンが使っていたのはマルチ・トラックではなくて、せいぜい2トラックしかない録音機です。これまでも編集の妙のような曲がありましたが、2トラックとは凄いです。今のように自由自在に切り貼りできるわけではありません。それでこんな作品ができるのですから凄い。

 「ベル・エアー」の揺れるようなリズムには酔わされます。とりわけこの曲でのダモさんのボーカルは凄いです。決してシャウトするわけではありません。むしろつぶやくような囁くような歌声です。活躍するパートは少なめながらも、改めて彼のカンにおける大きさを感じます。

 充実したアルバムですが、結果的にダモさん最後のアルバムになったのは残念です。

Future Days / Can (1973 United Artists)