カンのトレードマークとでも言えるオクラ缶の登場です。タイトルはトルコ語で「エーゲ海のオクラ」という意味だそうで、オクラのネバネバとエーゲ海の青さがどう結びつくのか、何だかとてもユーモラスな響きです。

 怒涛の大作「タゴマゴ」を発表したカンには、シングル・ヒットという予期せぬ事態が起こりました。彼らの新曲「スプーン」がドイツのTV番組「ナイフ」のテーマ曲に使用され、30万枚を売り上げる大ヒットとなったんです。

 この曲では、まさかのリズム・ボックスが導入されました。ビートのカンなのに、ぺらんぺらんのリズム・ボックスです。後期カンに色濃く現れるアンビエントな雰囲気を持つとともに、ユーモアにあふれた不思議な曲です。

 その大ヒットのおかげで、古城に設けた簡易スタジオから引っ越すことができました。今度は古い映画館ですから、まあ大出世というわけではありません。しかし、自分たちのスタジオを持たないことには始まらない彼らですからアップグレードは必要だったのでしょう。

 さらにそのスタジオは生活空間としても利用されています。コミューン的な様相がさらに強まったということです。ただし、その結果、キーボードのイルミン・シュミットとボーカルのダモ鈴木の両メンバーがチェスばかりやっていて仕事をしないと、ギターのミヒャエルがこぼすというような事態にもなっています。

 カンのこの作品は、前作の人気曲「ハレルヤ」的なクリアなドラム音が全体に響く作品になりました。その意味では比較的統一感に溢れている作品です。収録は全7曲で最後に「スプーン」を収めて何とかLPを埋めたと言われています。

 A面はビートの効いた「ピンチ」に続いて、不思議なムードの流れるような「シング・スワン・ソング」、最後にとてもユーモラスなビート曲「ワン・モア・ナイト」と充実しています。ダモ鈴木さんのボーカルが冴えわたっていて、それは「たった一言を発することでカンのサウンドのスペクトルを捉えることができた」わけです。

 B面にはやや実験的な曲「スープ」がおかれ、これが前作の「オーム」や「ペキン・オー」の役割を果たしています。エスニックなムードもあり、また「ハレルヤ」の一部も出てきたりと、かなり自由度の高い楽曲です。ホルガーさんの編集術が冴えています。

 さらに♪あんたはビタミンCを失っているぞ♪と英語で歌いまくる、カラオケで歌いたい「ヴィタミンC」なんていう曲もあります。この曲に限らず、ダモさんの持ち味なのだろうと思いますが、アルバム全体を覆う飄々としたユーモラスな空気がまことに楽しいです。

 カンを何でも元祖と捉える向きには、この作品はワールド・ミュージックの走りであり、アンビエントの生みの親ということになります。ファーストの呪術的なムードからはかなり離れてきましたが、カンの皆様の音楽はより自由度を増してきています。

 とりわけダモさんのボーカルはこの時期のカンのサウンドの要でありました。

Ege Bamyasi / Can (1972 United Artists)