カンの作品の中で最高傑作はどれかということになりますと、意見はさまざまに分かれることになるでしょう。

 入魂の一作「タゴマゴ」を推す声、マルコム・ムーニーだから当然「モンス ター・ムービー」だという人、いやいや「フロー・モーション」こそカンの到達点だと譲らない人、どっこいカンを一番表しているのは「アンリミテッド・エディション」だという人、いえいえミニマルな「フューチャーデイズ」だと言い張る人とやかましいことになります。

 しかし、私は「タゴマゴ」発売への埋め草とされるこの「サウンドトラックス」が一番好きです。前作が意外に好評だったことから、レコード会社に早くセカンド・アルバムを作るように求められたカンでしたが、まだまだ時間がかかりそうということで、この作品を出すことになりました。

 驚くべきことですが、カンの面々はかなりの量の映画音楽を制作していました。経済的にもそれで生計を立てていたようです。頼む人も頼む人ですよね。結果的にカンがサントラを担当した映画はほとんどヒットしていないようですよ。そりゃそうです。

 そんなアーカイブの中から何曲かをまとめたのがこのアルバムです。彼らの映画音楽は、事前に映像を見ていたのはイルミン・シュミットさんだけだという実験的な手法が試されたそうです。あえて映像を見ない。その結果、ドラマに音楽をつけるというよりも、両者が互いに影響し合うということです。

 この作品には映画5作品から7曲が収められていますから、アルバムとしてのまとまりには欠けるということになるのでしょうが、そもそもカンにアルバムとしてのまとまりを期待してどうすると思います。長々と即興によるジャムセッションを続け、その中から曲ができてくるというカンですから、1曲1曲が独自の世界です。

 前作でボーカルをとっていたマルコムさんは、この作品の発表までには、神経衰弱となってアメリカに帰ってしまいました。ですから、この作品では2曲だけに参加しています。その1曲、「ソウル・デザート」の痛ましいボーカルにはぞくぞくさせられます。

 代わりに加入したのが、ヨーロッパを放浪していた日本人ヒッピーのダモ鈴木こと鈴木健二さんです。彼の加入でカンの表情はすっかり変わってしまいました。実際、マルコムがボーカルをとる曲とダモさんの曲ではドラムの音すら違って聴こえます。

 ダモさんの歌にはマルコムのようなソウル・ファンク的粘っこさはなく、ふわふわ漂うような飄々とした佇まいです。その彼が活躍する最初の傑作が超超超名曲の「マザー・スカイ」です。この曲は、カンの全キャリアを通じて一、二を争う名曲です。ぐりんぐりん回るホルガーさんのベースとヤキさんの反復ドラムを聴いているだけでも凄いです。いつまでも終わらないで欲しいと思わせる曲です。

 もう一つの名曲は「タンゴ・ウイスキーマン」です。つぶやくようなダモさんのボーカルが、不思議な不思議なリズムに乗せられ、カローリさんのエロいギターを従えて見事に響きます。後期のカン作品を先取りする曲です。私はもう大好きです。

Soundtracks / Can (1970 United Artists)