カンの名前を初めて知ったのは、セックス・ピストルズのジョニー・ロットンが好きなアーティストとして彼らの名前を挙げてからです。当時は音源も手に入らず、幻のアーティストでしたけれども、キング・レコードからカンのコンピ盤が廉価で発売され、衝撃を与えてくれました。

 この作品はカンのデビュー作ですが、件のコンピ盤には本作全4曲中、3曲が収録されていました。しかも他の長尺の曲は短縮版にされていたにも関わらず、本作のB面全部を使った代表曲「ユー・ドゥー・ライト」は丸ごと収録されるという徹底ぶり。彼らにとっても原点であり、かつ自信作だったということです。

 カンは、シュトックハウゼン門下のホルガー・シューカイ、イルミン・シュミット、フリー・ジャズで活躍していたドラマーのヤキ・リーヴェツァイト、一人だけとても若いハンサムなギタリストのミヒャエル・カローリによるドイツのバンドです。ここに音楽は素人だったアフリカン・アメリカンの彫刻家マルコム・ムーニーを加えてこのデビュー作が出来ています。

 ケルンの古城ネルフェニヒ城館に卵のケースと軍用品のマットレスで防音加工を施し、そこで延々と演奏を続け、それを編集して出来たのがこの作品というわけです。ほとんどが即興らしいのですが、とにかく凄いサウンドです。

 A面には3曲、最初の「ファーザー・キャノット・イェル」から度肝を抜かれます。録音自体には時代を感じるのですけれども、音は凄いです。リード・ベースと言っても良いホルガーさんのベースと、ヤキさんの定評あるメトロノームのようなドラミングによる恐ろしいリズム・セクションに、ロックのイディオムからははずれたミヒャエルのギターと、イルミンの尋常じゃない音のキーボードが舞い、さらにマルコムさんの粘っこいボーカルが踊ります。

 言葉も即興らしく、マルコムの体から絞り出されるように出てくる様は圧巻です。ミヒャエルさんは黒人音楽が好きだったようですけれども、マルコムのボーカルを得て生き生きしているように思えます。現代音楽とフリー・ジャズの感触にアンバランスなソウルという不思議さです。

 2曲目の「メリー・メリー・ソー・コントラリー」は泣きの曲で、自作の電子楽器とギターによる高音の壁がマルコムの声と共鳴しています。3曲目の「アウトサイド・マイ・ドア」は元祖パンクのガレージ・ソングとなっていて、パンクスたちとの直接の関係が窺い知れます。

 しかし、何と言ってもB面全部を費やした「ユー・ドゥー・ライト」が凄いです。12時間にも及ぶセッションを圧縮して出来ているそうで、ずっとこんなテンションの高い演奏をしていたのかと思うと恐ろしいです。

 延々と反復される太鼓とベースのリズムには眩暈がします。実際、20分を越えるこの曲と向かっていると途中で意識が落ちるように感じます。ユードゥーとヴードゥーが係っているという話はよく分かります。原初の音楽のスタイルとも言える呪術的なこの曲を私はこれまでに何回聴いたことでしょう。

 クラウト・ロックの呪術派総代表たるカンのデビュー作にして一つの頂点を極めた最高のアルバムがこれです。

Monster Movie / Can (1969 United Artists)