私が購読していたタイムズ・オブ・インディア紙では、ラジオ・ミルチのヒット・チャートが二種類掲載されていました。一つは総合チャート、もう一つはインディー・ポップ・チャートです。前者はほとんどがボリウッド映画音楽だったところがインドならではです。

 この作品は後者の方のチャートで、発表直後から長い間首位をキープしていました。ほぼ同時期に総合チャートを制していたのが映画「レース」の音楽で、その中の一曲はこの作品の主アティフ・アスラムが歌っていますから、当時、最も熱いアーティストの一人だったことが分かります。

 アティフ・アスラムはパキスタンの歌手で、このアルバムを発表した時にはまだ25歳でした。若いですね。彼は大学時代に歌謡コンテストで勝ち続け、やがてジャルというバンドを結成します。「水」という意味です。

 ジャルはパキスタンで大ヒットしますが、アティフのお兄さんがマネージャーをやっていたことが結果的に仇となり、ほどなく解散してしまいます。ソロとなったアティフさんでしたが、あれよあれよと大成功を収めました。

 「メリ・カハニ」、英訳すると「マイ・ストーリー」は、アティフの三枚目のソロ・アルバムになります。一言で言えば、ロック・バンドをバックにした爽やかなインド歌謡というところです。曲はアティフさんが中心になって書いていて、演奏も4,5人でびしっと決めています。

 インド・パキスタン系の楽器が入るわけではなく、フォーマットは普通のロック・バンドそのもので、律儀にギター・ソロも入ります。ロックな演奏です。アティフさんはギターも弾くようですが、ジャケットではとても変な持ち方でベース・ギターを持っています。

 彼自身は音楽の勉強をしたことがないそうで、確かにパキスタン歌謡の歌手などとは随分と歌い方が違います。しかし、歌自体はまさにインドやパキスタンの歌謡そのものです。結果として、ソウルフルというよりも爽やかさが先に立ちます。そこが若い人に人気がある所以なのでしょう。

 ところで、この頃、パキスタンの映画が43年ぶりにインドで上映されたとニュースになっており、映画は長い間交流を絶たれていたことが分かります。しかし、音楽については本当に国境がありません。特に北インドとパキスタンは全く区別がなく、音楽が行き来しています。

 もともとヒンズー語とウルドゥー語は文字は全然違うのに、会話には支障がないという不思議な関係にあります。さらにアティフの歌はインド・パキスタンを越えて中東でも人気があり、この文化圏の広がりを感じます。

 昔聴いた時には演奏が弱い気がしたのですが、久しぶりに聴いてみるとなかなかいいです。結構引き締まった無駄のない演奏です。レッド・ツェッペリン風なところもあって、素敵でした。

 アティフは今でもパキスタンのスーパースターで、ハリウッド映画にも進出していますが、今のところ、このアルバムが最新です。何ということでしょう。もっと頑張ってほしいものです。

Meri Kahani / Atif Aslam (2008 Tips)